夜は明けて。


何とも寝覚めの悪い朝、俺は軽くサンドバックを蹴散らしてから学校へと向か
った。途中、さりげなく治安の悪い裏道などを歩いてみたのは、俺のクラスメ
ートに対する思いやりというものである。・・・中々良いストレス発散になった。


「・・・おい、その目ぇどうにかしろ」


そんな気配り溢れる俺に対し、何故か佐藤は胡乱げな眼差しで足を小突いてく
る。一体この俺に何の非があるというのか。

「なーに言っちゃってんだ? このいつも通り慈愛溢れる瞳を見ろよ」

「ほざけ」

「慈愛とか意味知らないんだ陣」

「殺すぞ主に涼一」

「なんで俺だけ?!」

「主にっつってんだろこの馬鹿の主成分めが」

「ひ、ひでえ!」

視線の一つもやらずに叩き潰すと、「今日はいつにも増して痛い!」と叫びなが
ら佐藤の後ろへと隠れる涼一。

それをウザそうに押しやりながら、佐藤はハッと鼻で哂って俺を見た。

「お前も青いな。朝っぱらから喧嘩とは随分機嫌も宜しいようで?」

「・・・・・てめえも随分嫌味なようで」

「そりゃどうも」

俺は佐藤の冷笑から目を逸らすと、学ランの横に手を伸ばして小さな膨らみを
押さえた。


固い、小さな二つの感触。


「・・・・・・・・・・・うぜえ、」

唐突に、俺の襟首をガッシリと掴み上げた佐藤は、口を開く間も与えずに校外
へと引きずり出した。


「っちょ、ちょ、ドコ行くの佐藤!?」


慌てて腰を上げた涼一が呼びかけるが、佐藤は完全なる黙殺で歩を進めていく。
俺達とは違って普通にまともな涼一は、追いかけようかどうしようか、困った
様な顔で立ち尽くしていた。


「あー、気にすんなー。お前は5限にでも出て来いやー」


そんな佐藤の、到底幼馴染に対する仕打ちとは思えないシカトっぷりが流石に
哀れだったので、俺は小さくなっていく涼一に軽く手を上げて応えた。


「程ほどにしとけよーー!!」


それにホッとした顔で笑った涼一は、大きく手を振りながら声を張り上げた。
既にアイツの中では、俺達の中抜け=乱闘だとでも確定済みなのだろうか。






*






「飲め」

「やぁだぁ佐藤クンったら、こんな昼間っから一体何を・・・」

「殺すぞ?」


勿論、学校の諸先輩方ともやんちゃなお兄さん達とも遊ぶことなく、俺達は無
事佐藤家へと到着を果たした。途中、コンビニに寄って酒などを大量購入して
きたが、気の好い俺は文句の一つも言わずに佐藤の奇行に付き合ってやる。

「いいから飲めっつってんだよ辛気臭ェ、」

ガラスのテーブルに缶ビールを転がり落とした佐藤は、至極不快げな顔でチュ
ーハイを一気飲みした。いまいちその意図が掴めない俺も、とりあえず新発売
のチューハイを手に取ってプルタブを開ける。

「お、結構うまくねコレ?」

沖縄シークワァサーなどと言う胡散臭げな品名とは裏腹に、それは中々に美味
な酒だった。

「不味い」

しかし、佐藤は即一刀両断してひとり二本目へと手を伸ばしていく。俺も一息
にシークワァサーを飲み干すと、手近にあった「おつまみ100選」の封を切っ
た。











「―――おい、」


会話も無く飲みを続け、不可解な佐藤の思惑もどうでも良くなってきた頃。

酔うと眠くなる体質の俺は、大きな欠伸を噛み殺しつつ、全く顔色の変わらな
い佐藤へと視線を流した。

「ぁあ?何?」

「・・・・お前、何入れてんだ」

「何が?」

「それ」

顎で指し示されたのは、俺の学ランのポケット。

「・・・・・ああ。これ?」

だるい腕を持ち上げてテーブルの上に転がしたそれは、ディーの手の平にあっ
た時と変わらず小さな輝きを放っていた。

「――ふぅん?」

片目を眇めてそれらを見た佐藤は、おもむろに手を伸ばすと、俺の耳から既に
付けられていたピアスを奪った。酒で鈍った体では反応も鈍く、一瞬遅れて脳
に痛みの信号が送られる。

「ぃってえッ?っちょ、おま、もちっとソフトに扱えよ!」

俺の繊細な耳たぶが血の涙を流してはいないかと、痛みに醒めた頭でティッシ
ュを探す。

「・・・・・・って、だからお前何だよ・・・」

しかし、そこでまたもや頭を固定されてしまった俺は、佐藤の手によってあの
因縁深い赤いピアスを付けられてしまった。

「・・・ふぅん」

俺から体を離した佐藤は、だるそうに首を倒しながら俺の顔を眺めている。

「痛ェだろがコラ」

無防備なその腹に軽く蹴りをくれてやれば、さっと体を後ろに引いて衝撃を流
す佐藤。こいつは顔に出ないので判りにくいが、もしかしたら少々酔い始めて
いるのかも知れない。

「まぁまぁ似合ってんじゃねえの?」

ハイ酔ってる。

「ソレ、女のじゃねえだろ」

「どこが?どう見ても女モンだろ」

「違ぇよ、お前の女のじゃねえだろっつってんだよ」

「・・・・・・違ェよ」

「嘘つけ」

何こいつエスパー?

俺が不審げな眼差しを向けると、佐藤はハハンと鼻で笑って空き缶を手に取っ
た。持ったそれが空だと気付くと、つまらなさそうにペコペコ鳴らして周囲を
見回す。そしてもう酒が尽きたと判ると、軽く舌打ちをして腰を上げた。

「ちっと出てくる」

「俺ぁもういらねー」

「誰がお前の分も買うっつったよ」

「ひっどぉ〜い」

「キモ」

「はいはい、気ィつけてな」

電源の入っていないコタツの布団を引き上げつつ見送ると、佐藤は手近にあっ
た上着を羽織って外へと出て行った。


玄関の扉がパタン、と閉じて、耳にテレビの音が小さく響く。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


何となく横になった瞬間、固く石の当たる感触がして、すぐに体を起こした。


「・・・・・・・・・風呂でも入っか」


何となく、ピアスは外さないでおこうと思った。







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