reborn undead

――嗚呼勇者様――


私が死んで早一年、つまり私が異世界に来てから早くも一年が経過しました。
はじめのうちこそ積極的に異世界人との交流を試みましたが、どうもこの世界の意識 レベルは非現実的な現象を科学的に解明・もしくは追究してみようというとこ ろまで及んでいないらしく、皆さんただ悲鳴を上げ逃げ惑うばかりです。これでは交 流など出来るはずもありません。
しかもその際一様にして『アンデッド』と叫ぶところをみるに、私は この世界では『アンデッド』と呼ばれる存在であり、そしてそれは恐れられる存 在なのでしょう。
大変困ったものです。

しかし何ゆえここで英語が使用されているのか、という疑問は、どうやら私が幽体であることに原 因が隠されているのではないかと考えました。
ここに来た当初、私は明らかに非科学的なカラーリングをした住人達を拝見して以来、ここを勝手に異世界だと 決め付けてしまいましたが、「何ゆえ言葉が通じるのか・果たしてここは本当に異世 界なのか?」という疑問が発生した翌日、注意深く住人達を観察した結果、住 人達の唇の動きと理解する言葉の動きとは一致しないことが判明したからです。
おそらく肉体を失い幽体となった現在の私は、もはや大気の振動などといった次元とは また別の次元で存在し、介在しているということでしょう。
大変に結構なことです。

更に付け加えて言いますと、真夜中に町外れの森で生物学上有り得ない怪物が 徘徊しているのを目撃したこともあり、やはりここは地球ではないと確信する に到りました。

時折、私を退治しようと聖職者らしき人間が町を訪れましたが、あいにく建前 上仏教徒である私に心理学的見地から鑑みても聖水とやらが効くとは思えません し、ちょっと昼間に顔を出しただけで恐れ戦く程度なのですから、その力量 の程は期待できません。


――と、そこで油断したところ更に驚くべき攻撃を受けそうになったのですが、 明らかに不審な呪文を唱えだした時点で戦略的撤退を決行いたしましたので、 私は今もこうして快適な幽霊ライフを満喫しております。

まったく今思い出しても驚異的なことです。


――まさかこの世界には魔法まで存在していたなんて!


なんと非現実的! なんという異世界!

私はもう楽しくて楽しくて事故死したという過去など忘れてしまいそうになり ました。

もちろん、事故死したからこその現在ですし、食べることも眠ることもなく、 ありとあらゆるものを通り抜けられるような体になっているのですから、万が 一にも自分が死人であるという事実は忘れようもありませんが。

あの薄暗いトンネルを歩いている間、私を轢き殺した人間の恐怖に引き攣った 醜い顔、私が轢かれる瞬間を目撃してしまった哀れな友の滑稽な表情、残して きた仕事や家族のことを思い返すたびに何度も立ち止まっては叫びだしそうに なりましたが、あの気が狂いそうな時間は決して忘れることはありませんが、 叶うなら犯人を社会的実質的に抹殺してやりたいのは今でも変りありませんが!


・・・・話を元に戻しましょう。


そう考えてみると、私を見て逃げ惑うのは魔女狩りやら魑魅魍魎といった時代 と同レベルの意識というわけではなく、この世界にとって私のような存在や怪 物はあくまで身近に存在する現実であり、在不在を論ずるようなレベルの曖昧 な存在などではなく、立派に排除するべき存在として認識され、あまつその手 段さえ備えているというわけですから、それでは安易な交流など不可能ですね。

しかも、どうやらこの世界のアンデッドとは一線を画しているらしい私は、非 常に脅威的な魔物として認識されたらしく、その噂を聞きつけて沢山の人間が この町を訪れました。

始めに対峙した聖職者はどうやら本当にただの聖職者だったようで、私のよう な存在の排除を生業とする人間は皆『冒険者』などと呼ばれるそうです。


初日にこの町唯一の聖職者をノックアウトし、無人となった教会を占拠した私 の元へ最初の『冒険者』がやってきたのは、それから一週間後のことでした。


「――なんたることだ! まさか本当にアンデッドが真昼に出現するとは・・・!」

『・・・そうですね、百聞は一見にしかずとも言いますし、情報を鵜呑みにしないと いうことはとても大切なことだと思います。ですが、私についての最も基本 的な情報から動揺しているようではまだまだ・・・』

「しゃ、しゃべったぁっ!?」

『・・・おや、私が言葉を解するということも事前の情報に含まれていたのでは? 往々にして百の嘘の中にも一つの真実が隠されているものです。たとえ一つ の真実しか判明していなくとも、残る九十九の嘘にも対応できるよう用心す れば良いだけのこと。貴方はただ疑うだけで何もしなかったのですね』

「――ヒッ、」

『・・・そんなことではそう遠くないうちに命を落としてしまいますよ?
もっと精進し』

「っうわあぁぁぁあああぁぁあぁぁッ!!!」

『なっ、ちょっと!?』

――私の話を最後まで聞くことなく、教会を飛び出していったその男は、その 後間もなく本当に命を落としてしまったそうです。それも何故か私の呪いのせ いだという話が広がり、私はますます凶悪なアンデッドとして世に知られるよ うになりました。

***

「――おのれの呪いのアンデッド!我が剣の錆となれッ」

『幽体に物理攻撃が効くとはついぞ聞いたことがありませんが。思うにお守り やお札、清めの塩などといったいわゆる除霊グッズも、それはあくまで精神 面に作用するものであり、物理的な面での効果は製作者側も意図してはいな いと思うのですが。また破魔の矢といった武具の形態をとる呪具もそれはあ くまでポーズであり、実際のアプローチは非物質面からなされるというのが 我が友の見解です』

「なっ、なっ?!」

『・・・おや、もしかしてその剣もそういった類の道具でしたか? すみません、 私はそういったものにはいささか疎くて。ペンは剣より強しとはよく言った もので、やはり人類最高の武器とは知恵、知識なのですね。興味のない分野 といえど、知識は蓄えていて損はないのですよ。ああ、私もオカルトマニア な彼がいなければもっと大変な死後を過すところでした。やはり持つべきも のは友、補い合い支え合える大切な友なのですね。貴方も友人は大切にする べきですよ、なんだかあまり友人のいそうなお顔ではありませんが!

――あれ、何の話でしたっけ』

「ち、ちくしょおおおぉぉぉーッ」

***

「神よ・・・我が祈りを聞き届け給え・・・清き哀れなる子らを救い給え・・・彷徨え る魂を救い給え・・・。――さあ、悪しき穢れを捨て、神の御胸に抱かれなさい!」

『――そうですね、確かに憎しみに凝り固まっていないとはいえませんが、そ れを悪しき穢れと一言で断ずるのは如何か。
貴方は理不尽に命を奪われた経験はありますか? 体を押し潰された経験 は? 衝撃に意識を奪われ激痛により覚醒し、ひしゃげた自分の体を瞳に映し た経験はありますか?
・・・ありませんよねぇ、貴方は生きています。
突然大切なものを奪われた人間が憎しみを抱かずにいられますか?
その全てを奪った原因に、その理不尽な運命に、その運命を与えた神に!
それは人間として至極真っ当な感情です。それを悪しき穢れといい、 それを捨てよという、それはつまり人間を脱却しろとでもいうつもりですか?
ナンセンスです! 勝手に神になる試練など設けないで頂きたい!
今の私に不必要なものなど何一つとして無いのです。これ以上失うものなど 何一つとしてありはしない。この憎しみさえ今の私を証明するに大切な一片、 不確かな私に残された最後のもの。心。精神。私が私であるということ、た だそれだけが、今の私に残された唯一絶対のものなのです。

――それさえも、貴女は私から奪い去ろうというのか』

三人目の冒険者は神に仕える女性でしたが、彼女は私の言葉を聞くと私を見つ めながら滂沱の涙を流し、そのまま教会を走り去っていきました。美人を泣か せてしまったことにはいささか胸が痛みましたが、生前の宗教勧誘には辟易し ていたので少々すっきりしたのも事実です。

ただ予想外だったことには、その女性が何を思ったかアンデッド救済のために 立ち上がり、その後ネクロマンサーとして闇の一大組織を結成したことでしょ うか。

その間にも幾人かの冒険者が町を訪れましたが、彼女の結成した組織が有名に なるにつれ「あのネクロマンサーが崇拝する最強のアンデッド」として私の名 も有名になり、そんな私の元へと来る冒険者の足はぴたりと途絶えたのでした。



嗚呼勇者様




気がつけばこの町も人々が去り、いまやアンデッドが住むに相応しいゴースト タウンと化しています。

人々の気配がなくなると同時に私以外のアンデッドも姿を現すようになりまし たが、彼らは皆一様に亡羊として会話にさえならず、むしろゾンビのようなア ンデッドまで出現するようになってからは、私にとっても非常に住み心地の悪 い陰鬱な廃墟となってしまいました。


『・・・・誰か、我こそはという勇者はいませんかね・・・』


私以外のアンデッドを一掃してくれるなら、もう言うことはないのですが。






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