第二十九話



「・・・・・・で、っけぇ―・・・」



俺は間抜けヅラ全開でゼートの家を見上げた。いや、これは家じゃなくてゼー
トの言った通り“屋敷”が正しい呼称だな。

「それほどでも無い」

そうは言われましても黒塗りの門のからして庶民を威嚇していますが。そりゃあ
バッキンガム宮殿とまでは言わないけどさ、なんつうか全面から貴族オーラが
漂ってるよ。


ポカンと口を開けたままの俺の手とジェードの手綱を引いて、ゼートはすたす
たと門をくぐった。







帝都は本当に大きくて賑やかな都市だった。外壁もピッチリと石が組み上げら
れていて、大門から中心部に向けて走るメインストリートも見事な石畳だ。遠
くに見えるのが多分城で、見渡す限り色んな人々が歩いている。そんな懐かし
い大都市のざわめきに耳を傾けていると、何やら警備兵と話していたゼートが
ジェードを引いて戻ってきた。

「私の屋敷までは少し歩く。そこからジェードに乗れば直ぐだ」

「・・・ん〜、わかった・・・・」

正直、俺はこのファンタスティックで歴史スペクタクルな光景に大興奮してい
たのでかなり後ろ髪を引かれたが、仕方なくゼートの横にくっ付いて歩き始め
た。

――んだけどもう駄目、ほんと凄すぎる。俺の目は周囲の店やら家やら人間や
らに釘付けで、何度ぶつかりそうになったか知れない。完璧ただのおのぼりさ
ん。そうだよ俺はこの世界のおのぼりさんだよ、わーマジ叫びてーなにここな
にここ。

「・・・・・ユーシン、」

そわそわする俺を見かねたのか、ゼートがガッシリと俺の手を掴んだ。やだな、
別にちょっとぶらつきたいとかあの店覗きてーなんてこれっぽっちも思ってま
せんよ。何その不信げな目。フードの中からへらりと笑ってみせるが、ゼート
は全くの無反応でそのまま歩き出す。

「ちょ、俺にも分別というものがありますから、そんな手ぇ繋がなくても大丈
 夫ですよ?」

だから離そうぜブラザー。そう、俺たち男同士。
まったくもって正当な俺の要求に、チラリと横目で俺を見たゼートは無言で握
る手に視線を落として、少し考えるような顔をした後ナチュラルにスルーした。
わあ何その反応。そんなゼートに負けじと俺も無言で手を抜こうとするがビク
ともしない。ちくしょう、皮手袋なんて卑怯だ、全然滑りゃしねえ。

しばらく無言の攻防が続いたが、むしろもがく方が目立つし無駄に疲れるので
深くフードを被り直して諦めた。ああ、こうやって弱者の意見は淘汰されてくん
だな。

繋いだ手は意識的に意識の外に放り出して、俺は再び帝都観察にいそしむこと
にした。そして比較的人通りも少なく静かな通りに出た時、「ここからはジェー
ドで行く」と言われあれよあれよという間にゼート邸に到着。現在に至る。


うん、なんか周りの景色に緑が増えて、ちらほら点在する豪邸が目に入ってき
た時からそんな予感はしてたんだ。


「ゼートって、貴族?」


しかしその割りには普通にゼートがジェードを厩に引き入れているし、貴族な
らもっとこう、出迎えた下男とかに馬を引き渡してさっさと室内に入るモンな
んじゃないのか。それともこんな庶民の貧弱な想像では貴族を図り知ることな
ど出来ないのか。諸々の疑問を込めてゼートを見上げたが、ゼートは完全な無
表情で一言肯定するだけだった。うんなんかもうそれ以上突っ込めない雰囲気。

・・・ええと、俺は地雷でも踏んじゃったんでしょうか。もしかして貴族コンプレ
ックスとか?

「あ、あれだよな、親は子を選べないし子は親を選べないわけで、生まれとい
 うモノは自分の力ではどうしようも無いことだよな!貴族には貴族の苦労
 が!」

俺の発言で主人をへこましたとあれば使用人に袋叩きにされそうなので、俺な
りに必死のフォローに回る。そんな俺の姑息な言葉に、驚いたように目を見開
いたゼートはすごい勢いで俺を凝視した。すいませんやっぱり見当違いも甚だ
しいですよね、貴族万歳ですよね。お金は神様ですよね。

「お前は―――」


「お帰りなさいませ旦那様」

何か言いかけたゼートが言葉を切って振り返ったので見てみれば、いつの間に
か見知らぬお爺さんがゼートの後ろに立っていた。いやそれよりもまず旦那様
って突っ込みもしくは笑うポイント?

「何だ」

そしてゼートの愛想もクソも無い返答にも穏やかな表情を崩さないお爺さん。
只者じゃねえ。もしや貴方こそ噂に聞く執事さんでいらっしゃいますかと凝視
してしまったら、そのお爺さんはチラリと俺に視線をやってからゼートに告
げた。

「フォルカー様より伝令が」

「・・・判った。ではユーシンを頼む」

「畏まりました」

俺を振り返ったゼートは少し眉を寄せていて、何だか申し訳なさそうだった。

「すまないが、後はこのイバンに任せる」

「や、俺は全然平気だけど。ゼートは大丈夫なの?」

帰ってきたばかりなのに早速こき使われるらしいゼートに哀れみの眼差しを向
けると、ゼートは微かに口元を綻ばせて俺の髪を撫でてきた。うんそれはもう
慣れてるから良いんだけど、いやほんとは良くないんだけど、でもこれからお
世話になる初対面の人の前ではやめて欲しいな。ほらまたなんか微笑ましげだ
から視線が。俺の年齢に誤差が生じたから絶対。

「・・・何かあればイバンに言付けろ。すぐに戻る」

そう言って、下男らしき人が連れてきた見知らぬ馬に跨ったゼート。

あぁ、流石にジェードは休ませてあげるのね。良かった。たとえゼートに取る
に足らん重さだと言われようが俺も立派な成人男子、二人乗りは大変だったに
違いない。違いない。きっと。


「いってらっしゃい」


居候の分際で家主より先に休ませて頂きます。


「・・・ああ」


最後にちょっと目を細めて、ゼートと見知らぬ馬は屋敷から出て行った。






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