第二十八話


あの時のやつらはブラウリオの追っ手じゃなくて、ただの盗賊っつーか追いは
ぎだったらしい。日本人には馴染みの無さ過ぎる現象だが、こういう所を旅し
てると特に珍しいモンでもないとか。どこまでもファンタジー。どこまでも中
世ヨーロッパ。

と言うコトは、この世界で切った貼ったなんて日常茶飯事なんだと思う。ただ
俺が平和で狭い世界しか知らなかっただけで。そしたらやっぱりゼートの行動
を咎めるなんてこれっぽっちも出来ないんだが、もう俺の前で人を傷つけるこ
とはゼートの方が嫌だろう。だから家の様子を見に行くことは出来ないし、な
んだかそこまで切羽詰って戻りたいとも思わなくなってきた。何よりこれ以上、
ゼートに負担なんてかけたくないし。だからさ、そこらへんは俺の中で納得で
きたんだよ、うん。


だけど、だけどさ、何であれから俺らって一緒に寝てんの?


思い出すと頭を掻き毟りたくなるようなあの日の俺。しかも二人分の外套に包
まって抱き合ったまま寝ちゃうオプション付き。馬鹿、俺の馬鹿。

しかもアレから二回野宿する機会があったんだが、その二回ともがあの日の再
現VTR。やめてくれよいつまで経っても忘れられないままだよ。しかも普通に
熟睡できちゃう自分が怖い。どうしちゃったんだ俺。いつの間にか宇宙人にで
も攫われちゃったんじゃねえの。こ、こんなの俺じゃない。

昨日と一昨日は宿屋だったんだが、そこはちゃんとベッドに別れて就寝した。
・・・マジで良かった。ベッドがあるのにくっ付いて寝てたら何の言い訳も出
来ない。いや、一体何に言い訳するのか判んないけど。そこは譲れない一線。

「疲れたか」

思わず深い溜息を吐いてしまったら、ゼートが気遣うように俺の髪を梳いてき
た。そう、そういう所もだよ。なんか以前にも増して接触が増えたような増え
てないような。つーかなんだその優しすぎて鳥肌が立つ手つきは。俺は立派な
男の子なんでもっとどつく勢いで触っちゃって大丈夫ですよ。むしろそんなガ
ラス細工触るように繊細なタッチしないで下さい。なんかヤバイから。判んな
いけど何かヤバイから。

「い、いやさ、なんか随分民家が増えてきたなあと思って。後どれぐらいで帝
 国に着くの?」

以前とは次元の違う葛藤を押さえ込んで、俺はもう一つの疑問をぶつけてみた。
もう結構な距離を旅してきたが、周りには普通に村とか小さな町が増えている。

「・・・既にここは帝国領だ」

「――ぇえ!?いつの間に!?」

なにサラッと言っちゃってんの? 勢い良く振り向いたが、ゼートは何の反応も
見せず前を向いている。

「三日前の森と村が国境だ。元々軍に利用されている経路だから見張りもいた
 だろう」

「ぜ、全然気付かなかった」

「私はちゃんと“少し出てくる”と言った筈だが」

「判るかよ!!」

つーかアンタその発言って今まで何度も聞きましたけど、まさかそれ全部仲間
と繋ぎ取ってたんですか。

「最も安全に行くにはこの道が一番良い。ブラウリオの追っ手がかかったとし
 ても、軍の直轄地には手が出せない」

「へえ〜。なんかすげー」

「最短で言うとお前の森を抜ければ良いんだがな。あれは険峻だし、それ以前
 の問題として却下だ」

「そ、そうだったの?」

あの森にそんな知られざる真実が。

「じゃああの日森に居たのは帝国に戻る途中だったんだ」

「・・・・・・・・・・・・ああ、・・・・」

俺がようやく解けた謎にしみじみ呟くと、ゼートはどこか決まり悪げに視線を
逸らした。アハハ、そりゃあんた池に嵌ってたんだもんな。完璧っぽいゼート
の過去の汚点。大丈夫、このコトは一生俺の胸に仕舞っておくから。忘れては
やらないけど。

俺が微妙に薄ら笑っていると、ゼートが俺の考えていることを察した様に無言
で見下ろしてきた。すいませんちょっと調子乗りました。

「じ、じゃあ帝都ももうすぐ?」

「ああ。後三日とかからない」

「そんな早いの?」

「そのための道だからな。帝国までの街道は良く整備されている」

「ふぅん・・・・」

想像したより穏やかな旅だったからなんか寂しい様なつまんない様な。もう終
わりなのか。ちろりとゼートを見上げてみるが、特にゼートの顔には何の感慨
も浮かんでいない。や、そりゃそうですよね。やっとお仕事に専念できて宜し
いですよね。別にこんな旅の一つや二つ、何てこと無いですよね。

「ユーシン?」

突然俺が首を仰け反らせてゼートの胸をどついたので、ゼートが不思議そうに
顔を覗き込んできた。

真っ青な空と白く巨大な月を背景に、その空よりも濃くて透き通った瞳が俺の
真上で瞬いている。・・・あー、やっぱ綺麗な色だな。

「・・・・・ユーシン?」

訝しげな声にハッと気付けば、俺の右手がゼートの右頬に添えられていた。
あれれ、いつの間に俺の右手は自律型になっていたのかな?

「ななななんでもね!」

慌てて首を前に戻して姿勢を正した。何やっちゃってんの俺。というか右手よ。

本体であるこの俺に突如反逆ののろしを上げた右手をジッと凝視していると、
おもむろにゼートの手が俺の喉にかかってグイッと仰向かされた。再びお空と
ゼートのお顔にご対面。わお、急所掴まれてるってすごい緊張するんだね。

「何だ」

そして現役の軍人に凄まれるってすげえ泣きそうになるんだね。
ゼートさん、お顔が出会った頃に逆戻りしてますよ。完全に無表情ですよ。

「・・・や、だから別に何も考えては」

日本人最終奥義・誤魔化し笑いを浮かべたが、ゼートがスッと目を細めたので
言葉が途切れた。心なしか喉を掴む手にも力が入ったような。苦しくはない、
苦しくはないんだけど精神的に息切れ気味です。

「ほ、ほんとにただもう旅も終わりかーとか空青いなーとかちょーキレーとか
 思ってただけで特にコレといったものは無いのでありますが・・・!」

だから何と言われても出せないものは出せません。悪いのは全てこの悪魔の右
手であって俺は何も考えちゃいなかったんです後でこのやんちゃな右手はキツ
く叱っておきますんでもうそんな怒らないで・・・・・ってあれ?

「そうか」

何でそこで男前に微笑む?

「帝都は広い。落ち着いたらお前の好きな所を回ろう」

「・・・・・・・・・・・・・うん」

まったく前後の読めない発言なのに、綺麗に細まった青い目を見ていたら普通
に頷いていた。や、嬉しいお話なんですけど。なんだろうこの窒息感。

ぎくしゃくと首を前に戻したが、離されたと思ったゼートの片手はゆるく俺の
腰を抱え込む。
・・・・・・・・。
・・・・はやく、はやく帝都に着かないかな・・・。




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