第二十七話


馬鹿じゃねえの馬鹿じゃねえの馬鹿じゃねえの。

あれから無言のまま道を進んでいった俺たちは、こういう辺鄙な場所を旅する
人のため建てられたという小屋に腰を落ち着かせていた。ここに着く少し前か
ら霧雨が降り始めて、小屋に到着してからは氷雨の様になっている。凍えるほ
ど気温が下がってきた室内で、俺は小さな暖炉に身を寄せながら恩知らずな自
分を罵り倒していた。

脳みそが大混乱している内にこの小屋に来ちゃったけど、たぶん俺たちはあの
時襲撃されたんだろう。それがブラウリオの追っ手なのか盗賊かなんて判らな
いけど、とにかく襲われたコトには違いない筈だ。そしてゼートがそこを切り
抜けてくれた、それなのに。

きっとゼートは、俺が脅えてると思ってる。

それは違う、違うんだ。あの時震えてしまったのは、ただ体が硬直してて急な
感触に驚いてしまっただけで――


俺は目をぎゅっと瞑って、深く抱え込んだ膝に顔を埋めた。


・・・・・いや、それだけじゃない。確かにあの時少しだけ、俺はゼートを恐ろしい
と思ってしまった。今まで実感の伴わなかった命の奪い合いが、突然リアルに
押し寄せてきたから。


だけど本当に、もう怖くなんてないんだ。脅えてなんてない。や、確かにまだ
殺人とか人を傷つけるコト自体は怖いけど、けど俺は、それをするゼートに脅
えたりなんてしない。そんな資格、俺にだって無いんだ。ゼートが剣をふるっ
たから、俺も無事でいられるんだ。だから、だから俺は、ゼートに脅えたりな
んてしない。しちゃいけないんだ。





*





体育座りは自己防衛の表れだって聞いたことがあるけれど、確かになんか落ち
着く気がする。

じっと炎を見つめながら、俺は自分の内面と真面目に向き合っていた。こんな
に真剣に考えたのは生まれて初めてだよ。正直俺のキャラじゃないんだよこん
なテーマ。殺人なんて現代でも色々と物議をかもす問題なんだぞ? ましてやそ
こに軍籍なんて関わってきたら、そりゃもう複雑に絡み合って俺の手には負え
ないワケで。

悶々と考え込む俺の体に、バサリと布が落ちてきて我に返った。

「それを着ていろ」

いや着ていろって、この黒くて丈夫そうな布地はゼートの外套なのでは。慌て
てゼートを見てみれば、ゼートは上着だけの格好で暖炉に薪をくべている。

「な、何言ってんだよ?あんたが風邪ひく、」

「私は大丈夫だ」

取り付く島もない感じにスパッと即答された。何が大丈夫なんだよ、今は冬の
初めなんだぞ?一番風邪を引きやすい時期じゃないか。しかもここは森の中で、
雨まで降っちまってんだぞ。


・・・・それにどうして、そんな離れた所に座ってるんだよ。前は、自分が隣に来
いって言ったくせに。


ゼートは、俺と二人分以上余裕を空けて座っていた。そのあからさまな気の遣
いように、なんだか無性にやるせない気持ちになって来て、俺はぐっと奥歯を
噛み締めた。

もうさ、マジでさ、ほんとそういうのやめてくれよ。俺が悪いって判ってるんだ
よ、あんたがそんな気ィ遣う必要なんてどこにも無いんだよ。むしろ俺が居
た堪れなくて死んじまいそうだ。

何かしらの限界を感じた俺は勢い良く立ち上がると、ゼートの真横に座り込ん
で二人分の外套をお互いに被せた。

そんな俺の行動に呆気に取られていたゼートは、少ししてから困ったような顔
で体を後退させた。

「・・・・・ユーシン、私は大丈夫だと言っただろう」

「俺が大丈夫じゃないんだよ」

今度は俺がバッサリ切り捨てると、ゼートは困惑したような瞳で俺を見た。け
れど何を言うこともせず、微かに俺との間に距離をとる。

何だよ。何でアンタ俺に触ろうとしないんだよ。アンタあんなにスキンシップ
過多だったじゃねぇかよ今更だろうがよボケ。

もう何に腹が立ったのか判らないが、俺はそんなゼートの腕を思いっきり引っ
張って自分に引き寄せようとした。しかしゼートのほうも反射的といった感じ
に抵抗しやがったので、逆に俺の体がゼートの上に乗り上げてしまう。ちくし
ょう大人しくしてろっつーんだよこのスパイ。こんな所で実力の差を見せ付け
なくても良いんだよ。

「何を、」

しかもいきなり乗られたっていうのに引き剥がそうともしない。乗り上げたそ
の瞬間は、咄嗟に俺を支えようと手を伸ばしたくせに。
今その両手は、俺から離した上体を支えるために、後ろの床でつかれている。

俺はガッシリとゼートの両肩を掴んで、思いつくままにまくし立てた。

「確かに俺はビビッたさ、ああそりゃ怖いに決まってんだろ初めて見たんだか
 ら!でもあんたにそんな態度とられたら俺はどうすりゃ良いんだよ、あんた
 は俺を助けてくれたんだろ、あんたが気にすることなんて何にもないだろ」

少し下の方にある、見開かれた青い目をギッと睨みつける。

ほんと何言ってんだか判んないけど、頭が熱くてしょうがない。

「俺の事なんか気にしないでくれよ・・・・。俺はあんたに感謝してるんだよ・・・」

自分の顔がくしゃっと歪んだ。指先も震えている。
黙って俺の訴えを聞いていたゼートは、ゆっくりと上体を起こした。

「・・・・・・ユーシン、」

けどやっぱり、伸ばされた手は俺の頬に触れる直前で、戸惑ったように止まっ
てしまう。それがもどかしくて申し訳なくて、俺は自分からゼートの固い手の
平に頬を寄せた。

「―――ごめん」

今までの全部と、これからの色々な気持ちを込めて。

ゼートは黙って俺の頬を撫でると、両手をそっと俺の背中に回してきた。その
動きに心底ほっとして、俺もゼートの体をぎゅうっと抱き締める。ほら、全然
平気じゃないか。


「あんたに触られんのだって、あんたに触るのだって、全然怖くなんかないよ」


そう言って、やっとゼートの腕に力が篭もった。







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