第二十四話


ちょっとこの選択は間違っていたのかもしれない。俺の周りを囲むシンプルか
つハイセンスな素晴らしい内装を眺めて早くも後悔しかかった。

俺は「俺の後ろに道が出来る!」とかいう性格してないから。要所要所で立ち
止まって「やり直しきくよね」とか後方確認するタイプだから。つまりチキン。

「今日はお一人なのですね」

「ええまあ、ゼートは出来るだけ来ない方が良いかと思いまして」

「それはそれは、お気遣い感謝します」

今日は身体の調子が良いのだろうか、自ずからお茶なんか用意してくれちゃう
公子様。

そう、俺は今まさに生貴族と二人きりなワケで。ゼートは宿屋で待機中なワケ
で。やっぱり付いて来て貰った方が俺のためには良かった。

「それで、私に聞きたい事というのは?」

昨日の話だけではどうにも納得し難かったので、ゼートに無理を言ってもう一
度だけ公子様に会わせて貰った。うん、なんつーかアレだよね、迷惑かけたく
ないとか言っといて早速我侭ぶちかましてるよね。俺の心は全てを貫く矛と全
てを通さない盾で出来てる。

「メリディアナの涙についてでしょうか」

公子様は穏やかに微笑みながら俺を見つめる。全然、反逆者になんて見えない。

「それも気にはなるんですけど、それよりも、あの、公子様はどうして・・・・ゼ
 ートに・・・」

うおお、言いにくい。どうしてスパイに協力してるの?とか真正面から聞ける
話題じゃねえ。もっと考えてから乗り込めよ俺。遠回しな様でかなり直接的だ
よ。

オタオタしている俺を見かねたのか、公子様がゆっくりと口を開いた。

「・・・なぜ、国を裏切るのか、ですか?」

綺麗な緑の目に直視されて、俺はぎこちなく頷いた。こんなに綺麗に澄んだ緑
色なのに、何故かやっぱりブラウリオを思い出してしまう。

「そもそもこの国は、我が一族が帝国から拝領した土地だったのです。それを
 返還するだけのこと。民の暮らしに左程影響はありません」

この世界の公国もそういう成り立ちなのか。確か公国って、力を持った諸侯が
独立支配を始めて出来た国なんですよね香川先生。世界史なんて何の役にも立
ちゃしねえとか思っててすみません。今もの凄く役に立ってます。

「むしろ、帝国に吸収された方が、民は喜ぶでしょうね」

穏やかな口調だった公子様に、少しだけ嘲りの色が浮かんで驚いた。

「なぜ?」

俺の問いにふっと笑った公子様は、視線を自分の手に降ろした。真っ白で細い
指先。まるで女の手の様な。

「あの叔父上に、国を纏めるだけの才覚など有りはしないのですよ。ご存知あ
りませんか? 辺境からじわじわと荒廃が進んでいることを」

無表情に自分の手を見つめ続ける公子様に、俺は一瞬寒気を覚えた。今はもう、
その言葉から何の感情も読み取ることは出来ない。温かなクリーム色の部屋も、
ただくすんで色を失ってしまっただけの様に思えた。

「公爵家には、もうそれだけの器がないのです。・・・この、私も」

押し黙って公子様の言葉を聴いていたが、公子様が顔を上げた瞬間、情けなく
も少しだけ指先が震えた。彼は間違いなく、ブラウリオの甥だった。

「戦は最も忌避すべきものです。どう足掻こうと、帝国に勝利することはなく、
 ただ無為に民が消耗していくだけ」

「これ以上国が荒れる必要はありません。ただ速やかに、首を挿げ替えれば良い」

淡々と言い切って、公子様はカップに口をつけた。俺の前にあるお茶も、まだ
温かな湯気をたてている。

「・・・・でもその後、貴方は幽閉されると聞きました。それで良いんですか?」

俺の小さな問いかけに、カップから口を離した公子様は穏やかな微笑を浮かべ
た。

「それが私の、公子としての最期の務めです」

・・・本人よりも俺の方が動揺している。こんな風に笑うやつは、きっと長生き出
来ない。


「貴方にお会いするのはこれで最後でしょう。どうか、お気を付けて」


そう柔らかく微笑んで、俺と公子様の短い謁見は幕を閉じた。




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