第二十三話


しばらく無言で枕に顔を伏せていた。ゼートも、何も言わずに俺の頭を撫で続
ける。結局そういう子供扱いは変わんねーんだよな。確かに中身はまだまだ幼
稚だけど、実際俺はもう二十歳の男なワケでして、なんつーかそれに慣れてき
た自分に危機感。

顔を横にずらしてゼートを見上げた。それに気付いてゼートも少し首を傾げる。
その青い目を見ていたら、心臓がキリリと痛んだ。

「・・・・・俺、これからどうすれば良いんだろう・・・・」

なんだか喉の奥が熱くなってきた気がする。だってさあ、俺を拉致ったオヤジ
がこの国の最高権力者だなんて、そんなやつに狙われてどう生き延びろっつー
の? なんのミッションインポッシブルだよ。普通に無理だよ。異世界に神風は
吹かねーんだよ。

あまりに過酷な俺の人生、前世で何かやらかしたとしか思えない。今生の俺は
慎ましく生きてきたのに、何この仕打ち。終わりよければ全て良しって言葉を
知らねぇのか神様。つまりこんな最低な人生の閉じ方じゃ俺は成仏出来ないっ
てコトです。

さめざめと我が身の不運を呪っていると、ふとゼートが俺の両脇に手をついて
覗き込んできた。


「・・・帝国に来る気は無いか」


は?


「帝国はこれから本格的に動き出す。公爵家が滅び、内乱が終結するまで、帝
 国に身を寄せれば良い」

唐突な台詞と恥ずかしさ超一級な体勢に頭が上手く回らない。知らない人が見
たら誤解されちゃうよゼートさん。男同士でこの体勢はおかしいよっていうか
何サラッと言っちゃってんの?

「いやいやいや、それはちょっと」

「何故」

一番ありえねえのが今この瞬間だって気付け馬鹿。

「なぜもなにも、帝国に行ったって野垂れ死ぬとしか思えません」

この国でだって、爺さんから残されたものが無かったら速攻で死んでいた。な
のにそれ以上に未知な国でどうやって生きていけと。大体帝国ってドコ。

「・・・・何を言っている?」

俺の自分を良く把握した発言にも、ゼートは思いっきり眉を顰めて見返してきた。
何でそこで凄むの?そんな顔しなくても既に泣きそうだから。色んな意味で。

「私がお前を放り出す筈が無いだろう」

「は?!」

「・・・・何故驚く」

「え、だってそんな、そこまで面倒見て貰うなんて」

「何が不満だ」

「そそそそうじゃなくて。あんたにこれ以上迷惑かけらんないよ」

今までもう十分すぎる程助けて貰ってるのに、ご自宅にまでお邪魔するなんて
謙虚な日本人としては気が引けます。つーかそんなに良くされても困ってしま
ってワンワンニャニャーンな気持ちになるんだが、ゼートの無表情に屈しそう
です。ど、どうして援助を申し込まれているのにこんな殺伐とした空気が流れ
ているんだ・・・。

「私がいつ、迷惑だなどと言った?」

言ってませんすいません。

絶望的な人生に涙していたはすが、今はもう違う涙で視界が曇ってる。

「・・・でも、マジで良いの・・・?」

申し訳なく思う気持ちは本物だけど、はっきり言ってすげえ嬉しい。だって俺
一人じゃここから森に帰る途中で死ぬ。マーノに会う前に爺さんに会ってしま
う。

でもやっぱり図々しくもお世話になりますなんて言えなくて、うろうろと視線
が泳いでしまった。そんな俺を見て、ゼートの顔が少しだけ緩む。

「お前が気にする事は無い。私がそうしたいだけだ」

・・・俺って災厄の星の下に生まれたとしか思えないけど、対人運には恵まれてい
る。ちくしょう、青が目に沁みるぜ。

「・・・・ごめん。ありがとう」

ちょっと笑って目元を拭おうとしたら、布団から手を出す前にゼートの顔が降
りてきた。目の前が影って、目尻に柔らかい感触がする。


「――随分顔色が良くなったな」


絶句する俺に、ゼートは軽く笑って身を起こした。いや、顔色が良いとか悪い
とかの問題じゃなくてさ。アレ?白昼夢?

「いやちょっとあの」

「さて。私も湯浴みに行くか」

「だからゼートさん? おーい、」

「お前ももう一度入るか?」

「謹んでお断り致します」




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