第十六話


街道っていうのか何ていうのか、時折民家らしきものが見える程度のつまらな
い道を進んでいたんだが、ここらには宿屋なんて高尚なモンないらしい。でも
正直野宿とか楽しみなんですけど。やっべえなんかファンタジー。とかうきう
きしてたら急にスピード上げやがったこいつ。頼むから一声かけてくれ。

森と言うほどでもない中を走り抜けた頃には、もうすっかり辺りは夕闇に染ま
っていた。ジェードから降りて、というか降ろして貰って見渡してみると、そ
こそこな感じの川が流れている。すげえ、底まで透けてるよ。しかも魚っぽい
影まで視認出来るとは、都会育ちを惹き付けてやみませんな。

川べりにしゃがみ込んで石をひっくり返したり覗き込んだり好き勝手遊んでい
たら、いつの間にか後ろから木の燃える匂いがしてきた。見れば、ゼートが焚き
火をして何かやっている。すいません夢中になってて。

「何か手伝うことある?」

気まずいのでワザとらしく申し出てみたり。というかあれだけ子供扱い嫌がっ
といて水遊びですよ俺。いいんだよ少年の日が懐かしく思い出されたんだよ。
本音言えば釣りだってしたい。でもゼートの微笑ましげな視線が痛すぎるので
自重する。

「ジェードに水を」

「了解」

そそくさとジェードに近づいていく。ジェードは俺のことを覚えててくれたのか
頬擦りしてくれた。やばい可愛い。ナアラより俺に対する愛を感じる。
ジェード、お前の嫁さんはいい女だけど面食いだよ。そうだ、ナアラと言えばお
前、ヤリ逃げってどうなの?俺マジびびったッつーの。

「ユーシン、ここへ」

つらつらと残された妻子の代わりに恨み言を聞かせていたら、元凶が俺を呼び
つけた。うん、ここはやっぱりお前のご主人様にとくと語り聞かせてやるべき
だな。俺が固くそう心に決めたとも知らずにゼートは肉なんか焼いている。旨
そうだけど。一日中馬の上で身も心も疲れたから腹が減った。

良い匂いと炎の暖かさにつられてゼートと向かい合う位置に座ろうとしたら、
普通に手招きされた。いや、あの。ちょっと無言で見つめたけどゼートも無言
で見返すだけだ。俺が動かない限り進みそうも無い。ちくしょう。

「何?」

面倒臭いこと山の如しだったが、しぶしぶゼートの隣に足を向ける。

「お前の森に比べれば暖かいだろうが、夜は冷える。離れるな」

「あ〜、うん」

「それに、万が一と言うこともある」

「・・・・・・・うん」

あぁ。自分のことなのに浮かれててごめん。そうだよな、俺は今逃げてるっつ
ーか追われてるんだよな。あんたに任せっぱなしで全然考えてなかった。正直
ほんの少し、忘れてた。誰かとこんな風に過ごすなんて久しぶりだったし、な
んか、ダチと旅行した時みたいで楽しかったんだよなあ。

炎に照らし出された横顔を見上げる。俺なんかよりずっとずっと大人の顔だ。

俺はゼートに迷惑しかかけてない。嵐の夜に助けた分なんて、もうとっくに消
化されてると思う。でも、こいつは俺を助けてくれるんだ。本当に、なんて言
ったら良いんだろう。爺さんも、こいつも。日本じゃ感じたこと無い、すげえ
胸が苦しくなる。

膝を抱えながらぼんやりと炎を見つめていたら、目の前に炙った肉が差し出さ
れた。

「どうした?」

あの青い目が俺を見ている。今はほんの少しオレンジが映りこんでるけど、や
っぱり綺麗な色だ。なんだか泣きたくなるくらいに。

「――何でもない。いただきます」

ゼートが俺を見ているから、こんな暗い思考なんて悟られないように肉にかぶ
りついた。やばいちょっと熱いイタい。思いのほか猫舌にはつらい温度だったの
で、軽く涙目になりながら慌てて水を飲んだ。駄目だ、俺にはこんなネガティ
ブ性に合わん。人生なるようにしかならねーんだ、感謝の念を忘れずにありが
たく生きてきゃ良い、うん。

ちょっと心配そうだったゼートも薄く笑っている。


こんな風に、なんてことないまま、全部終われば良い。



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