第十五話


トリンキュローへ出発して一日目。俺の予想に反して、まったく何の問題も起
きてはいない。

「何で追っ手とか来ないんだろ」

ぽつりと漏らすと、俺の後ろでジェードを操る男が応えた。

「私の存在は知られていない。お前は森に逃げ戻ったと思われたのだろう」

「成る程ね・・・。・・・・じゃあやっぱり家には帰れないな」

マーノの無事を確かめたかったんだけど。これで捕まっちゃったら元も子もな
い。

「じきに戻れる。気を落とすな」

腹にまわされた手でポンと叩かれる。なんかもう子供扱いにも慣れたような。
それに支えて貰わなきゃとてもじゃないけど馬になんて乗れないし、正直支え
て貰ってても過去の恐怖は蘇る。ナアラ、どうして俺を振り落としたりしたん
だ。俺が男前じゃなかったから?そう、そうなのか?
ナアラは面食いであるという推測と俺は振り落とされたという事実から導き出
される解答に軽くへこんでいると、後ろの男が少し顔を下げて俺の頭になにか
してきた。何かっつーかえぇと、ええ?

「何も心配することは無い、ユーシン」

帰れないことはそりゃあ不安ですが今落ち込んでたのはそれじゃないしそれよ
りも今あんた俺のあたま、頭のてっぺんに口、くちつけませんでしたか。
衝撃のスキンシップに体が固まる。や、あのさ、そーゆーのって子供とか女と
かにするモンじゃないかな。かくゆう俺も彼女にした恥ずかしい過去がありま
す。でも成人した男でそれをやられた人は見たことありません。俺が初。嫌だ
そんな初体験。・・・あああ、自分で言ってこの響きにもノックアウト。

大体、初めて会った時のおっさんも現在進行中のゼートも、一体俺をいくつだと
思って・・・。聞きたいような聞きたくないような。でもちゃんと言っておかない
とこのまま有り得ない幼児扱いが続いてしまいそうだ。それだけは回避したい。

「な、なあ」

「何だ」

「あんたさ、今俺がいくつだと思ってる?」

「・・・・・?・・・・・十四、五、ではないのか」

や、っぱり。そんな低く思われてたのか俺。想像以上に低くてへこむどころじゃ
ないんですけど。あんたが俺の心にとどめ刺してんですけど。十五ってあん
た中三だよ、いくらなんでもそりゃ無いだろ。一応身長だって173センチあ
るんだよ。それとも何か、あんたが十五の時は既にこの大きさだったってか?
だから俺もそんくらいだと思ったのかな? はは、なワケねぇだろ。

黙り込む俺に口を閉じるゼート。嫌な沈黙が馬上を包む。

「・・・・・・では、お前の年齢は」

そっと口を開いたゼートを振り返って見つめる。心なしか、青い目が動揺に揺
れているような。もっと困れ。

「二十歳」

無表情に告げると珍しくゼートが目を見開いた。なんなのその今までに無い強
い反応。思ってもみませんでしたって丸わかりですげえ腹立つよ。殴るよ。
じっと見上げていると、絶句していたゼートがまじまじと俺を見下ろしてきた。
信じられないとでも言うように、上から下に、右に左に眺め回される。
・・・・・そこまでしねぇと判んねーのかよ・・・・・。

「・・・そうか・・・」

凝視したままポツリとゼートが零した。なんかもうその響きが嫌。驚嘆してる
って感じが如実に現れてて嫌。そろそろ温厚な俺の拳も唸るぞ?

「そうなの。」

不愉快極まったので思いっきり後ろの男に体重をかけて寄りかかってやる。
なんか全然余裕そうだけど。

「そーいうあんたは何歳なワケ?三十?」

「二十七だ」

「へえ。結構若いんだね」

「良く言われる」

「そりゃいつもむっつりしてっからだよ。もっと朗らかに笑えば年相応に見え
 んじゃない」

「これでも改善された方だが」

「まじで?!」

これでマシになったって前はどんだけ無表情だったのこの人。でも確かに初め
て会った時はもうちょっと怖かったよな。喋ってたら少し柔らかくなったけど。

「――そろそろ日が落ちるな。少し先に川がある、今日はそこで休むぞ」

「うぃっす」



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