第十一話


その日俺は、マーノを連れて村への道を歩いていた。つい先日あの嵐がやって
来たから、随分と道はぬかるんでいる。吐く息も微かに白く染まっていて、男
を見送った朝を思い出した。確かあの日もこんな感じだった。

そうやってしばらく思い出に浸っていると、前方からいくつかの影が見えてきた。
すごいスピードでこちらへと向かって来る。馬と、馬車?
馬車なんて見るのは初めてだけど、それは確かに馬車だった。それにその前を三頭
の馬が走っている。

・・・この先はすぐ行き止まりになっていて、後は獣道ぐらいしか無いんだけど。
この人たち、道を間違えでもしたんだろうか。

とりあえず道の端に寄って通り過ぎるのを待つことにしたが、何故かそいつら
は走り去ることなく俺の周りで急停止した。な、何だ一体。

「お前がユーシンか。」

しかも馬に乗った一人がそう問いかけてきた。――は、なんだって?
驚愕で目を見開くと、その反応で俺が優心だと確信したようだった。そいつら
は軽く目配せし合い、馬から飛び降りると、硬直する俺に近づいて来た。

「ッ!!?」

そしてものすごい力で手首を掴まれたかと思ったら、思いっきり後ろに捻り上
げられた。痛てえ。
なんだよ、一体何なんだお前ら。怒鳴ろうと口を開くと、すかさず腹に一撃ぶち
こまれる。痛い、苦しい、息がつまる、くるしい。

そのまま倒れこむ寸前、霞む視界に、男たちに飛び掛るマーノの姿が見えた。

やめろ、マーノ。はやく逃げろ。
マーノに手を出すな、逃げてくれマーノ、マーノ。

滅多に吠えることの無いマーノの、凄まじい唸り声を聞きながら、俺の意識は
闇へと沈んでいった。












揺れる体。あちこちぶつかって痛い。
それに重いしだるいし何で動けないんだろう?

体中を走る痛みに目を覚ますと、俺は揺れる何かの中にいた。動けないのは腕
と足を縛られているかららしい。一体なにがどうなって。
何とか上半身を起こしてみると、どうやらここはあの馬車の中の様だった。周
りを見渡してみるが窓はガッチリと塞がれているし、まさか走っている馬車か
ら飛び降りるワケにもいかない。どうしよう。どうしたら逃げられる?俺は何
処へ連れてかれんだろう。何で俺を? 
それにマーノ、俺を守ろうとして無茶してなきゃいいけど。無事でいてほしい。

混乱と疑問が溢れるように俺を襲う。

大体あいつらは何で俺の名前を知ってたんだ?この世界で俺の名前を知ってる
やつなんて、今はもうおっちゃんおばちゃん、後はあの男ぐらいしか・・・・。

「――――!」

一瞬、心臓が引き絞られるように痛んだ。まさかあの男?あの男が俺を?それ
しか可能性がないように思えて仕方が無い。あの日あいつは急ぎの用があると
言っていた。もしかしてやっぱり暗殺とかだったんだろうか。あの森に居たこ
とを知られたらマズイことでもあるんだろうか。だから俺を?でもなんで一年
も経って。
俺は何故だか無性に泣きたい気持ちに駆られた。なんだよ。何で助けた相手に
こんな目に合わされなきゃなんないんだよ。恩を仇で返しやがって。
俺とスカイに謝れ、ばかやろう。ひとでなし。男の風上にもおけねぇ。

ぐるぐる頭の中で男に罵詈雑言を投げかけていると、急に馬車が止まった。反
動で腰を強かに打ち付けてしまう。痛みに唸っていると、扉が開かれて外へと
引きずり出された。

「歩け」

足のロープを短剣で切ってそう言うと、体勢を整える間もなく引っ張られる。
乱暴な仕草だったから足に刃が当たって、少し血が流れ出ていた。痛い。
見ると、馬車は大きな石造りの屋敷に留められていた。辺りはもう薄暗くなっ
ていて、連れ去られてからかなりの時間が経っていることが判る。その屋敷の
裏口と思しき場所から中へ入ると、馬に乗っていた3人の男に囲まれながら廊
下を進んだ。


廊下には絨毯が敷いてあって、所々に豪華な燭台が置かれてある。何だここ、
どんな金持ちが住んでんだよ。まさかここがあの男の家だとか言わねーよな。
でも確かに良い外套着てやがったしなあいつ・・・。
深まる疑惑にじろじろ家の様子を眺めていたら、男たちの歩みが止まった。
気が付けば目の前には重厚な扉がある。

男たちはその扉の前で一度姿勢を正すと、

「弟子を連れて参りました」

と言って扉を開けた。・・・弟子? 弟子って俺のことなのか?何言ってんだこいつ
ら。俺は誰の弟子にもなった覚えはない。人違いじゃないのか。
俺は到底自分を指すとは思えない名称を聞いて少しだけホッとした。きっと人
違いだ。だって俺は異世界の人間なんだ、この世界に師匠なんて居るはずがない。
それ以前に俺が何かを極められるワケもないしな。自分で言ってて情けないけど、
俺は全てにおいて平均値だ。器用貧乏だ。あ、いや、運の悪さだけは極めてるか
もしれないけどな。はは。・・・はは。

前に押し出されて見てみれば、部屋の中に立っていた男にも見覚えなんて無
かった。あの男とは似ても似つかない、濃い金茶の髪に緑色の目。第一年齢が
違う。誰なんだこのオヤジ。

「・・・お前がテネスの弟子か」

明るい緑色なのにどこか薄暗い目でそいつは俺を見た。文句を言ってやりたい
のに、何故か言葉が出ない。何だろう、なんだかすごく息苦しい。この部屋全体
が重苦しい。テネスって一体誰だ。

黙ったままの俺を後ろにいる男が殴った。後頭部を強打されて体がふらつく。
そのまま膝をついた俺に、豪奢な服に身を包んだ金茶の男が近寄って来た。

「奇妙な子供だな。お前はどこまで知っている? テネスから何を聞いた」

ぐっと顎を掴まれて仰向かされたが、言ってることが一つも判らない。

「・・・俺はテネスなんて知らない。人違いだ」

当たり前のことを言ったのに、そいつはどこか歪んだ顔で笑った。

「ハ、お前がテネスと暮らしていたことは判っている。
 ――テネスは手間が省けたが、まさか弟子をとっていたとはな」

俺は一瞬痛みも忘れて目を見開いた。

・・・一緒に暮らしていた?
じゃあテネスって、爺さんのことなのか? 手間が省けたってこいつら、
まさか爺さんを殺すつもりだったのか。

「今は死んだ者など如何でも良い。それよりも、」

激しく睨み付ける俺を意に介した風もなく、そいつは続けた。

「―――メリディアナの涙は何処にある。
 知っているのだろう? テネスの弟子ならば。そしてその秘密も」

・・・何なんだよ涙って。なんでそんなモンが爺さんと関係あるんだよ。それに俺
は弟子じゃない。何も知らない、知るもんか。秘密なんて何も無い。爺さんは
そんなモン関係ない。何を言ってるんだこのオヤジは。

「お前が知らぬと言うならそれも良い。だが、」

呆然とする俺に顔を近づけてそいつは囁いた。


「・・・・・・・・・言わぬ限り、命は無い」






その後、へたり込む俺はそのまま引きずられるようにして地下牢へと押し込め
られた。明かりは入り口にあるランプ一つきりで、まるで明かりの役目を果た
していない。

・・・・どうして俺はこんな所に居るんだろう。メリディアナの涙って一体何?
なんでそれを俺が知ってるわけ。秘密って何だよ。どうして、何で爺さんが
あんなやつと。爺さんはそんなワケ判んねーモンなんか持ってねえよ、何
言ってんだよあいつら。それに俺は、俺は。


もう何も判らない。どうしてこんなことになっちまったんだろう。この世界に
来た時も、そして今も。こんなこと、普通無いだろ? 何で俺ばっかり。


・・・帰りたい。


帰りたいよ。



姉ちゃん、親父。




お袋。





助けて。





<back      next>