第八話


声も嗄れてただ蹲っていると、何かが俺の体に擦り寄ってきた。マーノだ。
ギシギシいう体を起こしてマーノを見ると、マーノはただじっと俺を見つめて
いるだけだった。・・・そういえば、マーノに最後に餌をやったのはいつだろう。
ナアラにもヤギ達にも、爺さんが死んでから会っていない。
そのことに思い当たって俺は気の遠くなる思いがした。何をやってるんだ俺は。
爺さんの大切な動物たちを、危うく飢え死にさせるところだった。

慌てて立ち上がると体がふらついたが、マーノが足元を支えてくれる。本当に
俺は馬鹿か。マーノだってちゃんとしてるのに、俺はなんつーザマだ。
走って小屋へと向かうと、ヤギ達は心なしか元気の無いようだったが、小屋に
積んであった枯れ草でなんとかしのいでたらしい。急いで水を汲んでくると、
先を争うようにして飲み始めた。
それをホッとして見つめる俺に、突然衝撃が走る。振り返ると、真後ろでナア
ラが仁王立ちしていた。本当にすいません。


それから家に戻ると、一昨日作ったポトフもどきを暖め直した。たぶんまだ食
える、はず。二日ぶりだったからあんまり食えなかったけど、なんだかすごく体
に沁みた。ちょっと涙が出た。



――これからどうしようか。爺さんが居なくなってしまうと無性に元の世界が
恋しくなる。けど帰る方法なんてないし、探しても見つかるとは思えない。
俺は何もしないでこの世界に来たんだ、この世界から戻るのにだって方法
なんかないんだろう。これぞまさに運命の悪戯。くそくらえ。

ボーッと天井を眺めていると、マーノが何かを咥えて俺のところにやって来た。
見てみると、良く爺さんが読んでいた本だ。一体これがどうしたのかと思った
が、マーノは困惑する俺をおいてさっさと何処かへ行ってしまった。薄情者め。

手持ち無沙汰にパラパラ捲ると、途中のページから紙が一枚抜け落ちて
しまった。壊してしまったのかと焦ったが、どうやら本の一部では無いらしい。
ただの二つ折りにされた簡素な紙切れ。不思議に思って開いてみると、
そこには見慣れた爺さんの文字があった。


『この家は君にあげよう。私のベットの下に僅かだがお金もある。
 どうか、マーノとナアラ達を宜しく。』


・・・・・なんだこれは。爺さん、あんたは自分が死ぬって判ってたのか?いつ、
いつからこんなもの用意してたんだ。

フラフラと紙を持ったままベットの下を覗いてみれば、そこには一つの小さな木
箱が置かれていた。結構な重さのそれを引きずり出してみると、うっすらと埃
を被っていて長い間使われていなかったことが判る。慎重に上蓋を開いたとき、
俺は涙が溢れて止まらなくなった。爺さん、あんた、たった半年、半年しか一緒
に暮らしてない俺に、何でこんな。

そこにあったのは、この世界の通貨単位を知らない俺にだって判る、たくさんの
金貨だった。

爺さん、あんたは死んだ後にまで俺の面倒を見てくれるんだな。身元も判らな
いようなこんな俺を。

しばらく金貨を見つめていたが、それをそっとベットの下に戻す。そして裏庭に
面した窓へと目を向けると、爺さんの墓の前にマーノが座っていた。その光景
を見て俺は思う。いつか、気が付いたら元の世界に戻ってるのかもしれない。
けどそれまで、この世界に居る限り、俺はあいつらと一緒に爺さんの墓を守ろう。





ありがとう、爺さん。









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