第七話


ただ爺さんの顔を黙って見下ろす。すっかり血の気を失った顔は、最期に見た
お袋の顔と同じだった。

触れてみると、もう体は完全に冷え切っている。一体いつ死んでしまったんだ
ろう。もしかして、昨日俺が戻って来た時にはもう既に息絶えていたのか。だ
からマーノはそれを知らせようとして俺を出迎えたのか。マーノが爺さんの傍
を離れて俺のところへ寄ってきたのは、あれが初めてだった。

そうだ、あの男。あの男だって、あんな聡い男が、隣の部屋にいる爺さんの気
配に気付かないなんてこと、あるわけない。


きっとあの時にはもう、爺さんは、本当にいなくなっちまってたんだ。






その日一日、俺はずっと爺さんの顔を眺めていた。

爺さん。俺はあんたが居なかったらとっくの昔に死んでいた。あんたが世話し
てくれたから、今こうして生きていられる。本当に感謝してたんだ爺さん。俺
を拾ってくれた優しい爺さん。俺はあんたに何にもしてやれなかった。死んだ
ことにさえ気付かなかった。ごめんよ爺さん。ごめん、ごめん。ごめんなさい。
何で俺は、何で、なんで、なんで。爺さん、爺さん。


何で死んでしまったんだ爺さん。



どうして俺を置いて逝ったんだ。



爺さん。







俺を独りにしないでくれ。













爺さんが死んで二日目の朝、俺は爺さんを裏庭に埋めることにした。
この世界の埋葬方法なんて知らない、ただ無心に深く深く穴を掘る。

家にあった一番綺麗な布で包んだ爺さんの横で、マーノはじっと俺を見て
いた。

マーノ、お前が爺さんを看取ってくれたんだな。爺さんは、ひとりで逝ったん
じゃないよな。

そして出来上がった穴にそっと降ろすと、爺さんの胸の上には、いつも爺さん
が眺めていた小さな薄い紫色のドライフラワーをのせた。
ここで躊躇うとずっと埋められそうにないから、掘った時以上の速さで土を被
せる。けど、妙に手が震えてしまって土をうまく持ち上げられない。早くしな
いと、埋められなくなってしまう。
しかも何故か視界までぼやけてきた。おかしいな、何で見えないんだろう。見
えないと困るんだ、うまく埋められないし。何よりも、俺は最期まで爺さんの
顔を見ていたいのに。


それでも歯を食いしばって爺さんに土を被せ続ける。ぼたぼたと水滴が爺さん
の上に落ちていく。


太陽が中天に差し掛かる頃になって、やっと全てを塞ぐことが出来た。俺はな
にか墓標代わりになるものはないかと辺りを見渡したが、特に大きな石も見当
たらない。そうだ、木で作ればいい。卒塔婆みたいでちょっとおかしいけど。

流石に卒塔婆はどうかと思ったので、キリストっぽく丸太を挿し半分に切った
丸太をくくりつけた。そして爺さんの名を刻もうと思って気が付く。


俺は爺さんの名前を知らない。


もう、俺は耐え切れなかった。
爺さんの墓の前に突っ伏して、ずっとずっと、大声をあげて泣き続けた。








<back      next>