第四話


化け物だったらどうしようとは思っていても、まだ若い俺には自分の好奇心を
抑えることなど出来もせず。ごめん爺さん、何かあったら死ぬ気で逃げるよ。
周りの木々は轟々いってるし視界なんて全くきかないんだけど、むしろ変に
テンション上がってきた。これで幽霊かクリーチャーだったら逆に面白いかも知
れない。

頼りないランプの明かりを頼りに、時折風に吹き飛ばされそうになりながら池
へと向かう。テンションは高いが恐怖心もそれなりに高いので、ひとます木陰
から様子を伺ってみよう。これはビビリでもなんでもなく、用心深いというんだ。


「―――、――!」


・・・ああ、やっぱり来ない方が正解だったのかな。なんか人の声まで聞こえてく
るオプション付だよ。すげぇいらねえ。
それでも目をこらして良く見てみると、池にいるのはどうやら普通の人間の様
だった。地球の常識から見るとだけど。この世界の人間は爺さんしか見たこと
のない俺には、あれがこの世界の正しい人間の在り方かどうかなんて判りゃし
ないし。
肝心の馬は何処にいるのかと思ったが、雨に遮られてうまく見えない。だか人
間の動きからして、池に嵌ってしまっている様だった。ああ、ここの池、ただで
さえ判りにくいのに、そこに来てこの嵐だもんなあ。
死にそうな馬と困っている人間をスルー出来るほど冷血では無いので、あの人
間が悪人ではないことを祈りつつ近づいていく。
だが木陰から一歩踏み出した途端、この嵐の中で人間は俺に気づいた。まだ
十メートルほど離れているのに。俺なんて貴方の声さえ聞き取れませんでしたよ。

「誰だ」

驚いて動きを止めた俺に、男の鋭い誰何の声が聞こえてきた。
それは俺も聞きたい、あんた何モンだよ。気配とか読めちゃったりするのか。
正直幽霊よりも生きた人間の方が恐ろしいということを現代社会で学んだ俺は、
そこから一歩も動くことが出来なかった。

しばらく黙って向き合っていたが、もがく馬がそろそろ本格的にヤバそうだったので、
俺はゆっくりと馬の方へ向かって行った。男のほうもそんな俺の意図を判ってくれ
たのか、黙って俺の動きを注視している。・・・あれ、見てるだけってことはやっぱ
り判ってない?アンタも早くこの馬引き上げてやれよ。

俺はランプが倒れないように木の根元に固定してから、急いで馬の首を抱えて
引っ張り上げた。この馬は真っ黒だったから闇に紛れて見えにくかったらしい。
俺が暴れる馬に手こずっていると、やっと男が手伝い始めた。飼い主らしく宥
めてやって、少しは落ち着いた様子の馬を二人で引き上げる。もう全身ビショ
ビショだわ腕は痺れるわで本当に大変だった。

ぐったりとする馬の横で男とふたり座り込んでいたが、いい加減ここから離れな
いと今度は俺たちが危ない。ランプを持って来ようと立ち上がりかけると、
男にガッシリと腕を掴まれた。

「ッ?!」


驚いて顔を上げた瞬間、一際激しい閃光と雷鳴が轟く。一瞬照らし出された
男の瞳は、目の覚めるようなブルーだった。



「何処へ行く」

・・・いや、ちょっと怖いんですけどこの人。別に見捨てて行ったりはしませんって。
こんな中放り出していったら俺は立派な犯罪者だ。

「ランプを取りに」

俺の言葉にランプの方へと視線をやった男は、ゆっくりと手を離した。結構な
力で握られていたので少し痛む。なんだか理不尽な気がしてならないが、
とりあえずランプを取って男のもとへ戻った。一瞬考えてしまったが、男に声を
かける。

「馬、動かせそうだったら、俺の家に来た方がいい」

じっと俺の動きを目で追っていた男は、それに軽く頷いて同意した。
溺れてた馬がそんなすぐ動けるか心配だったが、流石このアサシンみたいな男
の馬だけあって鍛えられているらしい。弱弱しくも立ち上がると、ゆっくりと足を
動かし始めた。

それでもまだ心配だから、一応俺は横に立って支えてやってたんだけど。何で
この男はお前の可哀想な馬じゃなくて俺を見ているんだ。馬を見ろ馬を。


俺一人すさまじく気まずい沈黙の中、やっと薄ら明かりの漏れる家が見えてき
た時は、思わず爺さんに抱きつきたい衝動に駆られた。















<back      next>