第三話


俺がここに来て半年、比較的穏やかな天気が続いていたが、今日は朝から重い
灰色の雲が広がっていた。風も急に冷たくなって、何だか様子がおかしい。
最近めっきり寝込むことが多くなってしまった爺さんに尋ねると、この辺りでは
年に一度、冬へと季節が変わる頃に嵐がおこるらしい。雲の流れが速くなって
冷たい風が吹いてきたら、その嵐の前触れなんだそうだ。いや、それまさに今日の
天気のことなんだけどね。
とりあえず俺は爺さんの指示に従って、畑に大きな麻布をかけ、家の窓やドア
を板で補強してみた。都会に住んでいた俺に嵐の経験なんてないんだけど、西
部劇の映画でみた感じに隙間無く。ヤギと馬の小屋は補強しても危うげだった
けど、まぁ今まで無事だったんだから大丈夫だろ。


そして夕暮れが近づくに連れ雨脚は強まり、夜にはこれぞ嵐と言わんばかりの
暴風雨になった。
小さなランプと暖炉の火、窓が塞がれているせいでいつもよりも薄暗く感じる。
かなり激しい風雨の音に、俺は内心「この家吹っ飛ぶんじゃないか」と戦々恐々
としていた。常と変わらぬ爺さんの態度にかろうじて平常心は保たれていたが。

静かに眠る爺さんにもう一枚俺の毛布をかけると、俺は爺さんが書いてくれた
この国の童話を読解していた。この家にある爺さんの本は素晴らしく分厚く
小難しげで、到底俺の読めるようなものでは無かったから、文字の練習のために
爺さんが作ってくれたのだ。本当になんていい人なんだろう。拾ってくれた人が
この爺さんだったことを俺は神に感謝した。
・・・いや、ここに飛ばされた時点でかなりふざけてるから、これくらいして貰わ
ないと割りに合わないな。


いつもはもう寝てる時間だったが、この嵐の中では眠れそうにない。日本にい
た頃は夜更かしなんてザラにあったのに、ここ半年の超健全生活に適応した体には
少々きついものがある。ミルクでも飲もうと立ち上がった時、外から何かが聞こ
えた気がした。

「――――?」

そっとドアに近づき耳を澄ませたが、激しい雷雨の音にまぎれて何も判らない。
気のせいかと椅子に戻ろうとした時、今度はハッキリと馬のいななきが聞こえた。
俺は慌てて濃い灰色の外套を羽織るとランプを持ち、ドアの留め具をはずすと、
外に飛び出してヤギと馬の小屋へ向かった。





「・・・・あれ?」

てっきり小屋が壊れてしまったのかと思ったのだが、小屋はギシギシ軋みなが
らも無事に建っている。中を覗いてランプで照らすと、ヤギと馬は一箇所に身
を寄せ合ってジッと嵐に耐えていた。

――じゃあさっきの馬の鳴き声は一体。

俺はとある考えに行き着いて血の気が引いた。
ここは異世界だ、何があるのかなんて地球の常識で計ってはいけない。もしか
したら嵐の夜に馬の幽霊が出ちゃったりするのかも知れない。老人に聞いた
ことはなかったし今まで見たことも無いけど、元の世界で言うところのクリーチャー
なんて居ちゃったりするのでは。

「・・・・・・・。」

俺はすかさず踵を返して家へ戻ろうとした。一度こんな考えに陥ったら周りの
もの全てが不気味な影に思えて仕方が無い。

だがそんな俺に追い討ちをかけるかの様にまたもや馬のいななきが聞こえて
きた。どうやら俺が溺れていたという池の方から聞こえてくるらしい。なんだこの
シチュエーション。どこのホラー映画なんだ。こういう場合、好奇心を出して
近寄ってったヤツから始末されてくんだよな。



「・・・・・・・・・・・・・・。」




どうせ主人公タイプではない俺は、普通に行ってみちゃうわけだが。














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