新たな謎が生まれる


そして目覚めが野郎の胸板って、どんな嫌がらせだよオイ。



頭の痛みで夢から覚め、妙に息苦しいと思えば目の前には褐色の肌。反射的に
ベッドから蹴り落としてしまったが、転がり落ちた男を見て既視感を覚えた。

「ぅぐッ?!」

そのまま意識のハッキリとしない頭で眺め続ければ、低く呻いた男は即座に
顔を上げて俺を見た。


・・・・あー、思い出した。


「――ぁあディーか、全くもって嬉しくないけど大きくなっちゃったルシュ
 ディーくんか、そうだそうだそうだった、夢なら早く消えてほしい」

正直軽く混乱しているが、こいつの前でそんな無様な真似を晒す訳には断じて
いかない。平静を装った台詞をつらつらと吐き出し、俺は冷静に現状を把握し
ようと努めていたが、寝起きに俺の蹴りが完璧に決まり苦悶していた男:ルシ
ュディー・なんとか・なんとかくんは、そんな俺の健気な努力をあっさりと踏
みにじった。

「・・・・ジン・・・。その様子では、体は大事無いようだな・・・・」

ぼうっとした顔で俺を見つめていたかと思えば、途端に笑み崩れた顔で上体を
起こした俺の横に座り込んでくる。そして気味の悪い手つきで俺の背中に腕を
回すと、 「念のため、癒師を呼ぼう。そうだ、腹は空かぬか? 何か欲しいも
のは? ああ、今暫く横になっているが良い」 などと柔らかく囁いた。

俺に我慢は似合わなかった。

「――大事無ぇわけあるか!これまでになくオオゴトだわボケが!」

「っッ!!?」

思った通りに生きる、それが俺の人生。むしろ俺の思い通りに動けよ世界。
回された腕を叩き落し、癇に障るほど伸ばされた銀髪を鷲掴んだ。

「――お前んちの風呂、いつからベッド付きになったの、ん? なんで俺は気絶
 したのかな。え?」

Hey my God, こりゃルール違反じゃね? と感情の赴くままギリギリギリギリ
とやたら煌びやかな結び髪を引っ張る。昔ならすぐにでも泣き喚いていた筈のルシ
ュディーくんは、「いたたたたた」とは口にしつつも更に顔が崩れていた。

――俺は、痛みに悦ぶような変態を知人に持った覚えはねえな!

「なあに、どーゆーことコレ? 何で俺戻ってないの? ここドコよ」

ワオ、時の流れって残酷! と嘆くのは後回しにして、矢継ぎ早に質問する。
何をそんな焦ってんだ、と今の自分を客観的に想像して失笑したが、馴染みの
無さ過ぎる景色に嫌な汗が滲んでいた。

「知らぬ」

いつの間にか力の緩んでいた俺の手から髪を放し、背筋を伸ばしたディーが心
底楽しげな声で言う。俺に引っ張られていた頭皮に触れ 「・・・痛いな・・・」と
呟きながら指を通すと、その動きに合わせて飾り付けられた金の粒がチリチリと
音を立てた。忍び寄る嫌な予感に俺の神経もチリチリと焦げた。

「――知らぬなぁ。余は、何も知らぬ」

夢見る乙女のような顔で俺を見るな。

「・・・そなたは消えなかった。それだけだ。それだけが、全てだ」

寝言も寝て言って欲しいものだ。


「・・・・・ジン・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


何やら一人で勝手に盛り上がってるらしいディーに微妙に目が醒め、俺はまだ
まだ修行が足りんなと自分の顔をパンパン叩く。そして「その全てに至るまで
の過程が重要なんだよ!」と一から問題点を判りやすく羅列してやろうとした
所で、「何をする!」と逆に怒鳴られ出ばなをくじかれた。

「・・・お兄さん、話の腰を折られるの好きじゃないなー。つか何様だテメエ」

「そなたこそ何という事をするのだ!?そなたの白い頬が赤くなってしまった
 ではないか!直ぐに冷やさねば――」

「聞きなさいよお坊ちゃん。そういやお前王子サマだったな。下々の声に耳を
 傾けられないようじゃ只の屑だぞー」

「余は暗愚では無い。民の暮らしには心を配っている!」

「じゃーそのすんばらしい精神を俺にも発揮して貰おうか。俺の疑問に答えて
 プリンス?」

立ち上がりかけたディーの腕を掴み、向かい側に座らせる。
掴んだ腕の硬さと太さに、ふと諸行無常という言葉が頭をよぎったが、真正面
からしがみ付いてくる暑苦しさにそんな感傷は霧散した。

「・・・あー、この非常事態に感謝しろよ。もうそのまんまで良いからさっさと答
 えろ、ここは何処だ?」

「ここは余の奥だ」

「そりゃワザと言ってんのか、え? 二度も言わせんじゃねーぞ、ディー」

お兄さんのしつけは身に付いていなかったのかな? と笑いかけると、ほんの一
瞬だけ奇妙に顔を歪めたディーは直ぐに唇をほころばせた。

「・・・ここは、フィエロンだ。フィエロンの王宮、その奥だ」

笑うディーの背景には、確かにあのだだっ広い浴室と通ずる所のある彫刻。
ここが日本では無いことは今更だったが、改めて受けた衝撃に思わず後ろに倒
れ込んだ。

「ぅッ?!」

「ぐえ」

当然俺にしがみ付いたままのディーも同時に倒れ込む。
圧し掛かる重みにとりあえず呻いてみたが、中々の反射速度でディーが手をつ
いたのでそれほど苦しくは無かった。

部屋を足元で区切るように、薄い紅から濃い藍へ、重なり合う紗幕が広がる。

「・・・ってーだから何で風呂場から出れてんだっつーの!佐藤家の風呂はどんだけ
 ミラクルなんだよ!」

「ジンんんんんん?!」

余りの訳の判らなさに堪らなくなり、抱え込んだディーの体をそのまま寝技に持ち
込んでみる。慌てふためくディーに一切の容赦は見せず、続けざま関節を決めた。

「なになに時間旅行の次は滞在期間の無期延長? ――誰がんなこと頼んだゴルァ!!」

「っうぐッッ!?」

ゴキっと気持ちの良い音がディーの背中から響いたが、かける技に手は抜かない。
ほら、俺ってばまだまだ修行の足らないセブンティーンだから。加減なんて判ん
ないんだわぁ。

「オチとく?」

「ぅいたたたたたたたたっ」

しばらくそうしてディーいじりに精を出していると、俺は全身を使った心地
よい疲労感にようやく落ち着きを取り戻してきた。苦しいのか楽しいのか
不気味な半笑いを浮かべるディーの首に腕を絡ませ、頚動脈を圧迫しながら
一息つく。

流石にもがきだしたディーにふわりふわりと紗幕が波打ち、さほど遠くない距
離にある極彩色の扉が目が留まった。

「・・・・そういや、お前がここまで俺を運んだわけ? ・・・一人で?」

俺の意識が自分から離れたことを悟ったのか、もがいていたディーの動きが僅
かに鈍る。だからどうしてそんなマゾヒストに育ってしまったのかという追及
は永遠に置いておくとして、俺はさっさとディーを放り投げてベッド・・・・とい
うよりかは布団の積み重ねのような場所から足を下ろした。

が、仕切りとなっている紗幕に手をかけるまでは行かず、背後から拘束してき
たディーに元の場所へと押し戻される。

「――何処へ?」

――胸元に懐いて来て可愛いのは犬、もしくは小さい頃のディーであって、今
現在のお前では俺の庇護欲を掻き立てることなど限りなく不可能なのだという
ことを早々に知れ。

すり、と額を擦り付けてくる精神年齢6歳未満にどうしたもんかと目を落とす
と、同時に顔を上げたディーと視線が絡まった。

「何処へ行こうというのだ? ジン」

稚い響きの言葉とは裏腹に、ぎゅうっと締まった腕は痛いくらいの力だったが、
見上げる瞳は昔と変わらず、痛いくらいの翠色だった。

「ジン・・・」

「・・・・・・・」

・・・何だかんだ言って、俺は大分こいつに甘いようだ。

素肌の触れ合う感触に、お互い半裸だと気付きはしたが、当然のように殴るこ
ともせず、俺はただただ深い溜息を吐いて背中を叩くに留めてやった。

慣れとは本当に恐ろしいな!

「・・・・とりあえず、誰かに会えば戻れっかもしんねぇだろ」

限定された発生場所、送還条件その1。いずれも完膚なきまでに叩き潰されて
しまったが、まだ、まだ送還条件その2が残っているではないか。

色艶の良い褐色の背中が手の平形に赤くなっているディーにそう諭すと、
涙目で俺を見ていたディーはふいに表情を消した。

「・・・戻りたいのか?」

「当然だろ」

「何故?」

「なぜってお前――」

「ようやく会えたのに? 10年、10年の間ずっと、待ち続けていたのに?」

高さの同じになった目線で、いつか見たことのあるような光が、その瞳に宿る。

「余はずっと待った。ずっと、ずっと待って、神に、太陽に、全てに祈った」

両肩に置かれた手が、震えが、視線が食い込む。


「・・・ジンは願わずとも、余の願いは聞き届けられたのだ」


――ようやく、と呟いたディーの見開いた瞳の中には、涙の膜で歪んだ俺の姿が映っていた。











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