苦しみは分かち合い


「佐藤、お前を漢と見込んで頼みがある」

ミラクルタイムを経験して三日目、俺は目の前で学食のマズいラーメンを頬張
る男にひたと視線を合わせた。

「・・・ぁあ?」

胡乱げな眼差しで俺を見上げたのは、中学からの悪友・佐藤遥。可愛い名前と
は裏腹に、身長180を超える眼光鋭いヤンキー。

「だから、お前に折り入って話が」

「断る」

即答でまた顔をラーメンに戻す佐藤。だがそこで引き下がる俺では無いので、
どんぶりに手をかけて俺の方へと引き寄せた。麺をすする途中だったので、佐
藤の口からどんぶりに麺の架け橋が出来上がる。

「―――ナメた真似してんじゃねーぞテメェ・・・」

一瞬動きを止めた佐藤だったが、無言で麺をすすり上げるとおもむろに俺の頭
を鷲づかんできた。

「だって佐藤クンがボクのお話聞いてくれないんだモン!」

「きめーんだよクソが。てめぇも涼一も大概にしろよ」

「え、なに涼一も何かあったの?」

「知るかボケ」

佐藤は何だかんだ言って面倒見の良いヤツなので、俺ともう一人の悪友もつい
つい頼りにしてしまう。だがこの様子からして、タイミング悪く涼一からも何
か相談を受けたようだ。

「あー、じゃあやっぱいいわ。悪ィな」

流石にそこまで面倒ごとを抱え込ませるのは気が引けるので、ここは俺が身を
引こう。後で涼一には昼飯をオゴらせる。

椅子に座り直して頬杖をついた俺を見て、しばらく黙ってラーメンを食ってい
た佐藤は乱暴に箸を置いた。

「・・・・・・で、話って何だ」

がばっと勢い良く振り向けば、眉は顰められているが静かに俺を見返す佐藤。

「佐藤・・・・・。チョー愛してる・・・・」

「いいからさっさと言え」

凄まじく嫌そうな顔をされたが、その程度で俺の佐藤への愛は揺らぎません。
俺は満面の笑みを浮かべて言い放った。


「今日俺と一緒にお風呂入って」


無感情な佐藤の瞳と期待にきらめく俺の瞳が交差した。


「――お前もついにイカれたか」

「可哀そうな頭は涼一だけだよ」

「今の発言のドコがまともだ? あ?」

「俺にものっぴきならない事情ってのがあるんでね」

「んなモン俺が知るか。野郎と入るなんざゴメンだね」

「俺だってカワユイ女の子としか入りたかねーよ。だが背に腹は代えられん」

ふざけた口調を一変して真剣に呟くと、今にも席を立ちそうだった佐藤が訝し
げな顔で座り直した。

「頼む、今日だけだ。俺んちに泊まってくれ」

未だかつて無いほど真摯な俺の態度に何かしら感じるものがあったのか、佐藤
は長い長い沈黙の末に深い深い溜息を吐いて了承してくれた。

佐藤、お前はイイ男だよ。マジで。



*



「やっだー、佐藤君じゃない!どうぞ上がって上がって!」

久しぶりに顔を出した佐藤に、お袋のテンションは一気に上がった。佐藤は短
い黒のウルフに切れ長の瞳、まさにお袋の好みど真ん中なタイプだ。よって俺
の親父も佐藤のように硬派な面構えなんだが、俺はお袋に似て泣きボクロが甘
さを強調してしまっている。そのせいでよく女タラシと誤解を受けるが、別に
俺は女の尻を追い駆けるような真似はしない。選り好みは激しいので。

「お世話になります」

俺のお袋の前身を知る佐藤は、キッチリ挨拶してから家に上がった。



*



デカイ高校男児が二人、脱衣所で立ち尽くす姿はなかなかシュールだと思う。

「で、何だってお前はそこに突っ立ってんだ?」

浴室の扉に手をかけたまま微動だにしない俺に、しびれを切らした佐藤が声を
かける。その気持ちは良く判るが、俺にも心構えというものが必要なのだよ。

「・・・もし、もしもこの先に目を疑うような光景が広がっていたら、お前はどうする・・・・?」

神妙に訊ねる俺を奇異なものを見る目で見つめ、佐藤は俺を押しのけて禁断の
扉を開けた。

「寝言ほざいてねぇでさっさと済ませろ」

佐藤は何の変哲も無い浴室を見て鼻で笑うと、手早く体を洗い始めた。俺んち
の風呂は親父のお陰でそこそこ広いので、俺も佐藤に続いて髪を洗い始める。
そして俺が体に取り掛かる頃、佐藤は問題の湯に足を入れようとした。


固唾を呑んで見守る俺の目の前で、普通に湯船につかる佐藤。


「何故だ!!!」

突然叫んだ俺に、佐藤が微かにビクついて不審そうな顔をするがそんなことは
どうでもいい。この俺には二日連続で不愉快な現象を引き起こした浴槽は、佐
藤には何の変化も見せずに温かい湯気を立てている。

「・・・・・・陣・・・・」

無言で浴槽を睨みつける俺を黙って眺めていた佐藤は、どこか哀れむような声
で俺を呼んだ。

「何だ」

「・・・・頭でもヤられたか?」

「俺がんなヘマするワケねぇべ!」

「・・・そいつぁ残念だ・・・」

気の無い返事を返し、浴槽の縁に肘をかけた佐藤は気持ちよさそうに体を伸ば
す。俺はその姿に背を向けて、数年ぶりにシャワーのみで入浴を済ませた。






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