「――さて、そろそろ姫君を助け出しましょうかね」

レーテをテラスに下ろした男は、そう言って手摺に足をかけた。塔の最上階で
一体何をする気かと、レーテは慌てて引き止める。

「何をやっている!? 落ちたらどうするんだ!」

必死の形相のレーテに、男は明るい笑い声を響かせて上を指差した。

「見てごらん。あれが俺の翼さ」

男の指の先、テラスの上にそびえる塔の屋根を視線で辿っていくと、そこには
一匹の飛竜が佇んでいた。

「っ!?」

目を丸くして飛竜を凝視するレーテに、テラスの手摺に器用に立ったまま、男
は大きな声で笑う。

「ほら、俺に掴まって。君じゃここは上れないだろ?」

愉快そうな男に我に返ったレーテは、「そんなことは無い」と唇を尖らせながら、
男の肩に手を伸ばした。



「―――・・・レー・・テ・・・・」



だが、手が届く寸前、膝裏まであるレーテの髪が後ろに引っ張られる。首を仰け
反らせて振り向くと、上体を起こした父がレーテの髪を掴んでいた。

「・・・・・・父上・・・!」

首の後ろを手で押さえながらレーテが震えた声で叫ぶと、男はレーテの父に
スタスタと近寄っていった。慌ててレーテは男の袖を掴み引き止める。

「ま、まってっ、父上に乱暴しないで!」

「乱暴じゃなくて、ただちょっとお仕置きするだけ」

「違うだろう!?」

髪を掴む父の手を踏みにじる男に、レーテは素早く男の腰から短剣を引き抜いた。

「っな、何するの!!?」

そして、首裏で自分の髪を鷲掴むと、バッサリと短剣で切り落としてしまった。

「なっなななななんてコトを!!」

父の手の中で散らばっていく金の髪に、男が激しく狼狽する。それを見て、
レーテは軽やかに笑った。

「私は塔から救出されたラプンツェルだ。もう、長い髪は必要ないだろう?」

その言葉に、助け出した王子様は情けない笑みを浮かべた。

「・・・でも、すんごい綺麗だったのに・・・」

「なら、今度はあなたの為に伸ばそう」

「そうしてくれると嬉しいな。君に贈りたい髪飾りが溜まって溜まってしょうが
 ないんだ」

肩ほどになってしまったレーテの髪を撫でながら、男はふっと溜息を吐いた。
そして真正面からレーテを抱き締めると、頭を胸に抱え込む。もがくレーテが
見上げようとしても、ガッシリと押さえ込んだままで男は口を開いた。

「――ねえ、レーテのお父さん。あんたはまがりなりにもレーテの親だし、
 レーテが嫌がるからこの場は見逃してやってもいいよ。
 でもね・・・。
 
 次、現れたら、嬲り殺しだ」


冷たい口調にレーテはびくりと震えたが、そっと髪を撫でられて緊張が緩む。
男の腕の中は温かかった。


「―――竜の顎から、逃れられると思うな」






*






「・・・ねえ、“死に逝く竜の顎”って、一体何なんだ?」

飛竜を操る男にしがみ付きながら訊ねる。
父の城も、それに奪われたと言っていた。

レーテの問いかけにうろうろと視線を彷徨わせた男は、困ったような笑顔で
レーテを見下ろすと、小さな声で問い返した。

「・・・・・もしも俺が王子様じゃなくて、悪い盗賊の親玉だったら。
 俺のコト、嫌いになっちゃう?」

ほんのり明るくなってきた空を背景に、まるで遠い異国の大地のような新緑の瞳
がレーテを見つめる。
夢に描いた緑を前にして、レーテは満面の笑みで応えた。

「たとえ悪魔だとしても。あなたは私の王子様だよ」

その笑顔に眩しげに目を細めた男は、「あ」という言葉と共に何かを取り出して
レーテの頭に被せた。

「・・・これ・・・」

驚いたレーテが首まで下ろして見てみると、それは色とりどりの花で作られた
花輪だった。

「この国の雪が解けて流れ着く先、そこに俺の母国があるんだ。春になったら、
 一緒にお祭りでダンスしよう」

まだ冷たい冬の風にさらされて、ヒラヒラと薄い花弁が揺れる。
まるで夢のような美しさに、レーテの瞳が熱く滲んだ。

そっと花びらを撫でるレーテの手を、男が優しく掴む。


「・・・俺の故郷ではね、花嫁は青いリボンをまいて、それを花婿が解くんだよ」


しゅるりと解かれた青いリボンが、風にさらわれて空の彼方へと飛んでいく。



「君はもう、塔のラプンツェルじゃないね。俺だけの、レーテ〈虹〉だ」



頬に添えられた男の手の温もりと、近づいてくる柔らかな吐息を感じて、
レーテはそっと瞳を閉じた。








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