第一夜・


小谷賢市が川辺を歩いていたときのことである。
夜の黒い川面に一匹の蛍が浮かんでいるのが見えた。
これは今年最期の蛍かと思い足を止めその光に見入っていると、蛍は二度三度黒い川面を浮遊し川辺の草むらへと沈んでいった。

翌日、その草むらから女の死体が上がったということである。




第二夜・


小谷賢市が電車に乗っていたときのことである。
人の少ない車内で扉に身を預けていると、電車がトンネルの中に入った。
黒いガラスに乗客の姿が映り、まるで鏡のようである。
手持ち無沙汰にその様子を眺めていると、ふと奇妙なことに気がついた。

人数が多い。

車内を振り返ったその瞬間、電車はトンネルを抜け、鏡はまたガラスに戻った。




第三夜・


小谷賢市が通学路を歩いていたときのことである。
目の前を歩いていた子どもが不意に蹲った。
見れば、一面に小さな玉が転がっている。
一つ一つ拾い集める子どもに手伝いを申し出れば、顔を上げた子どもは丁寧に礼を言った。
聞けば、数珠の糸が切れてしまったのだという。

丁度釣り堀からの帰り道であったので、ついでに持っていた釣り糸で数珠の玉を繋げてやると、喜んだ子どもはあっという間に道を駆けていった。

子どもが曲がった角を見ると、そこは行き止まりであった。
小さな社があったので中を覗くと、小さな地蔵が納まっていた。

手には、釣り糸で結ばれた数珠があった。




第四夜・


小谷賢市がバスに乗ったときのことである。
長い信号待ちの間、窓の外を眺めていると、林の中へと向かう細い小道が見えた。
歩道を歩いていた少女が、興味を引かれたように林の中へと入り込んでいく。

帰路、再び林の前を通ると、そこには何もなかった。




第五夜・


小谷賢市が夜道を歩いていたときのことである。
急ぎ足で交差点を渡ろうとすると、丁度青信号が点滅を始めたところであった。
ここぞとばかりに駆け出そうとすると、上着の袖から何かが足元に転がり落ちた。
見れば、それはどうやら数珠の玉のようである。
ぎょっとして立ち止まった賢市の前を、一台の大型トラックが横切っていった。

玉はいつの間にか消えていた。




第六夜・


小谷賢市が歯を磨こうとしたときのことである。
洗面台に手を伸ばすと、まったく同じ形の歯ブラシが二本並んでいた。

戸棚から新しい歯ブラシを取り出し、口をゆすいで顔を上げると、歯ブラシは一本に戻っていた。




第七夜・


小谷賢市が帰宅したときのことである。
暗いリビングの扉を開けると、自分と同じ顔をした人間が立っていた。

「ただいま」

そう云われたので返事をすると、彼はそのまま横を通り抜けていった。

今日は、双子の兄の命日である。




終夜・


小谷賢市の夢の中のことである。
提灯を持って川辺を歩いていると、遠くで何かが落ちる音が聞こえた。
見れば、男が川の中を覗き込んでいる。

もうし、どうかなされましたか、と男に声をかけると、振り向いた男は驚いた様子で暗がりへと走り去っていった。



翌朝のことである。
小谷賢市が川辺を歩いていると、一人の警察官に声をかけられた。
聞けば、先日見つかった女の他殺体について捜査しているのだという。
続く警察官の質問に丁寧に答え、では、とその場を立ち去ろうとしたところ、向こう岸から橋を渡ってきた男が「あっ」と叫んで賢市を見つめた。

「 お知り合いですか」と尋ねる警察官に、「いいえ」と答えた賢市は、狼狽する男に向かって声をかけた。

「――もうし、どうかなされましたか」

すると男は狂ったように声を上げ、賢市に掴みかかろうとしたので、その場にいた警察官に取り押さえられた。

「なんで、どうして、お前を先に殺したのに!」

賢市は答えた。

「あなたが殺したのは、僕の双子の兄です」


前世の縁とは、かくも恐ろしい。