貴方がもつ美味しそうな
前日は野宿だった。 今夜は素泊まりだが清潔な宿に入ることができ、俺は機嫌よく狭い寝台に寝転 がって荷袋をあさっていた。 「――あ、あった」 無駄など一切ない必要最低限の荷物の中、白い手ぬぐいの包みが転がっている。 俺はそれを取り出して身を起こすと、おもむろに包みを解いた。 「・・・・・・・・・むふっ・・・」 あまりの期待感に抑えきれなかった笑いが漏れ、そんな怪しい俺の姿にゼート が不審そうに顔を上げる。 向けられた視線はにやける顔の上でいったん止まり、それから俺の手元へと移 った。 「――それは」 「ピティカ。昨日摘んだ」 白い手ぬぐいに包まれていたのは鮮やかな赤い木の実で、見た目も味もラズベ リーに似ている。しかしラズベリーよりも甘みが強く果汁はねっとりとしてい て、潰してパンに塗ると最高にうまかった。昔じいさんに教えて貰ってからの 俺の大好物だ。 旅に出てからは口にする機会もなくなっていたが、昨夜用を足しにゼートから 離れたところで偶然これの群生を発見した。ピティカという名のこの実は晩夏 から晩秋にかけて実をつけるものなので、今の時期見つけるのはとても珍しい。 むしろよくぞ今まで持ちこたえた、といったように熟れに熟れた赤い実は、俺 に食べて食べてと全身で訴えかけてきているようだった。 もちろん心優しいこの俺はそんな訴えを無視することなど出来ず、こっそりと 摘み取っておいたのだ。 ・・・あ、別にゼートにやるのが勿体無くて今まで隠し持っていた訳じゃありま せんから。ただもう少し落ち着いたところでじっくりゆっくり味わいたいなあ なんて思って大事に仕舞い込んでいただけですから。だけですから。 だから食べたければちゃんと分けてやるよ、ただし5粒だけな! と言って俺が 一粒つまみ上げると、ゼートの目もそれを追って動くのがわかった。 「・・・うんまい・・・」 とりあえず最初の一粒はそのまま俺の口に放り込み、溢れ出す蜜のような果汁 に悶えながら二粒めを取り上げる。そしてこちらを見つめ続けるゼートにちら りと視線をやり、「・・・食べる?」と一応問いかけた。 「・・・・・・・・・・・・」 もぐもぐ噛み続ける俺の口元と、指先の赤い実の間を無言で青い瞳が揺れ動く。 「・・・熟してて甘いよ?」 答えがないので二粒めも俺の口に放り込み、ほら、と実を包んだ布ごとゼート の前にに差し出してみる。それでも動こうとしないゼートに断腸の思いで好物 を差し出した俺は早々に焦れ、いらないなら俺が全部頂くということで・・・と 一気に三粒のピティカを口に放り入れた。取り分が増えるのは嬉しいが好意を 無下にされるのも腹立たしい。本音と建前の両立って大変。 そんな苦悩とは裏腹にピティカを摘まむ手は止まらず、気が付けば残り一粒と いったところでゼートが立ち上がった。 「――――?」 顔にかかる影に驚いて口を閉じ、頬を膨らませるピティカを一気に噛み潰し てしまう。 その途端、口の端から溢れた果汁を伸ばされたゼートの親指が拭い、ゼートは その赤く染まった指先をペロリと舐めて呟いた。 「・・・・甘過ぎる」 「――――――」 ――ごきゅり、とロクに噛まないまま口内のピティカを丸呑みしてしまい、目 を白黒させてベッドの上から転がり落ちる俺。 そして咳き込む俺を見下ろし、最後の一粒を口に入れたゼートは、 「水を貰ってくる」と言ってすたすたと部屋から出て行った。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 俺はしばらくベッドの下で蹲っていた。