そして騎士は眠る



“花と森の王国”に夕闇がせまり、柔らかいクリーム色の王宮が黄昏色に染まる頃。
錬兵場の片隅で、リューナーク王子はため息をついていました。


「――ウォル兄もなあ・・・・。もうちょっと、こう、どうにかなんないのかなー・・・」


その日の朝議の場でも、芳しくない第二王子の捜索状況に、
兄である王様は魔王もかくやといわんばかりの冷気を漂わせていました。

そして大臣たちに泣きつかれるたびに王様をなだめるのが、リューナーク王子の
ここ最近の日課となっていたのでした。

ウォーリアック王は即位して間がないにも関わらず、賢王と称えられ
国民からの信頼も厚い素晴らしい兄王です。

しかし、そんな尊敬すべき兄王でも、第二王子には敵わないのだなあ、と
リューナーク王子は感慨にふけったのでした。



異母兄である第二王子が消えてからというもの、
リューナーク王子が思い出すのは、はじめて会ったときの第二王子のまなざしでした。




それは今から十三年前、王国に初雪が降った日のことです。
当時六歳だったリューナーク王子は、乳母の目を盗んで王宮の中庭へと
駆け出していきました。

そして夢中になって雪を追い駆け、薄く氷のはった水路を辿っていったとき。

流れをとめた噴水の前に、見知らぬ少年が立っていることに気がつきました。

グレーの外套をはおったその少年は、ただじっと氷の水面をみつめているだけで、
リューナーク王子に気づく様子はありません。
しかし、我慢しきれなくなったリューナーク王子が一歩足を踏み出すと、その少年は
ゆっくりとリューナーク王子のほうへ顔を向けたのでした。

その少年の顔をみた瞬間、リューナーク王子の心臓は凍りつきました。

雪のように血の気の無い真っ白な肌、水路にはった氷のような水色の髪。

そしてなによりも、そのリューナーク王子を貫いた瞳の色といったら!

兄のウォーリアック王子と同じ色にも関わらす、その向けるまなざしの温度は
似ても似つかぬものでした。兄がリューナーク王子をみつめるときの瞳の色は、
まるで薔薇のように華やかで、暖炉のように暖かなものです。
しかしその少年の瞳は、まるでリューナーク王子の凍えた心臓からにじみでる、
流血のような色をしていたのでした。

永遠にも感じられた時間、声も出せずにリューナーク王子が立ち尽くしていると、
ふいと視線をそらしたその少年は、しんしんと降りつもる雪の中へ、溶けるように
消えていきました。


雪が氷雨へと変わる中、そのまま呆然としていたリューナーク王子は熱を出し、
乳母や兄から叱られることになりました。
しかし、中庭で出会った雪の魔物のことは誰にも言い出せず、その姿を
思い出すたびに、熱で火照った体がひんやりとするような、泣きたくなるような
気持ちを味わうのでした。


――そして異母兄と対面したリューナーク王子が絶叫し、実兄と乳母、
父王からも叱られるのは、それから三日後のはなし。



*



「―――あれはなぁ〜。ほんとに魔物だと思ってたからなぁ〜。
 まさか兄弟だとは、ねぇ・・・」

初の異母兄弟対面の場ではひとり絶叫してしまったリューナーク王子でしたが、
第二王子のほうはただただ微笑んでいるだけで、何の反応も見せません。
兄のウォーリアック王子はといえば、新しく増えた可愛らしい弟王子に、さっそく何やら
話しかけているばかりです。

まるであれは幻か、それとも人違いかとリューナーク王子がひとり頭を抱えていると、
ちらりとこちらを見た第二王子のその瞳の中に、確かにあの日の氷を垣間見た
気がして、リューナーク王子は何も言うことが出来なかったのでした。



それから長い月日がたっても、第二王子の氷は溶けることの無いままだと、
リューナーク王子は気がついていました。

だからきっといつか、こんな日がくるだろうと、リューナーク王子は確信していたのです。



「あーあ、また明日も愚痴られんだろーなぁ。もう、好きにさせときゃいいのに・・・」


そう言って、リューナーク王子はまた一つため息をつくと、打ち込みをする騎士たちの
元へと戻っていったのでした。