不器用な魔法使い




その日はとても天気が良かったので、魔狼と王子様は綺麗なあおい花が咲く
ちいさな泉へとやってきました。
泉の周りだけぽっかりと木々が空いているので、太陽が燦々と降りそそぐ泉は
キラキラと輝いています。

ゆれるあおい花の中で、魔狼と王子様が日向ぼっこを楽しんでいると、突然
がさがさと茂みをかきわけて近づいてくるものがありました。
魔狼が音のするほうへと耳を向け片目を開くと、王子様たちのいる反対の岸辺
に、一人の人間が姿を現しました。
その人間は深い緑色のローブを羽織り、杖のようなものを持っています。人間は
王子様たちに気が付くと、ハッと息を呑み込みました。

「――――みっ、水の精霊・・・・・・・・?!!?」

そう叫ぶと、目を見開いて王子様を凝視する人間に、魔狼も王子様も無言で
見返すばかりです。
お互い見つめあったまま、王子様が口を開きました。

「久々に見た人間がコレとは。なんて嘆かわしい」

王子様が口をきいたことにより驚いた様子の人間は、またマジマジと王子様を
見つめました。
王子様の言葉など耳には入っていないようで、何やらぶつぶつと呟いています。

「し、信じられない。こんな魔の森の深部で精霊をみつけるなんて。
 しかもこんなに明確に見える精霊、いったいどれぐらい・・・・」

その様子を黙って見ていた魔狼は、ムクリと立ち上がると人型へと変わり、
花の入った籠を持ち上げると、無表情で人間を見つめる王子様に慄き
ながら、とりあえずこの場を去ることにしました。

「・・・・・シャート、もう帰ろうぜ」

すると、その声に王子様が応えるよりも早く、人間のほうが先に反応を示しました。

「ッなな、ま、まままま、まままままぞくっ?!!!」

顔からすさまじい勢いで血の気が引いていくその様子に、王子様は怪訝そうに
魔狼へ問いかけました。

「貴方、本当にあの魔族なんですか?」

「それ以外の何だと思って接してたワケ?」

「ただの魔狼かと」

「お前、それでも神官の修行してたのかよ?!人型の魔物が魔族じゃなくて
 なんだっつーの!!!」

「いえ、それは知ってましたけど。貴方と噂に聞く魔族とじゃ天と地ほどに差が
 あると言いますか。とりあえず、全ての魔族に謝りなさい」

「ざけんな!!!!」

この世界で人型をとれる魔物はそうはいません。とりわけ魔力の強い魔物だ
けが、人型という二つ身をもつことが出来るのです。
なので、人はそれらを総称して<魔族>と呼んでいました。

魔狼と王子様が仲睦まじげに言葉を交わすのを見て、ますます人間は混乱
したようです。

「・・・・・精霊と魔族がなんで一緒に・・・・」

それを聞いた王子様は輝くような微笑を浮かべ、顔を赤らめる人間に応えました。

「貴方、見たところ魔術師か何かのようですが。人間と精霊の区別も付かない
 ようでは、見かけ倒しもいいとこですね」

「!!!!」

王子様が人間であることにやっと気がついた魔術師は、衝撃に体をぐらつかせ
ながらも、何とか言葉をつなげました。

「すすすすいません。まさかこんなところに人間がいるなんて思いもしなかったんです。
 ・・・・・そ、それに、あなたはまるで、本物の精霊のように美しかったから・・・・・・・」

照れながら謝罪をする魔術師へ、魔狼は冷たい視線を投げかけます。その視線に
再び凍りついた魔術師に、王子様は微笑みながら訊ねました。

「それで、なぜ貴方のようなうだつのあがらない魔術師がこんな所に?」

このちいさな泉は魔の森の深部に位置しています。王子様でさえ、この魔狼と
共に暮らしていることが他の魔物に知られていなければ、ここを出歩くことなど
不可能だったでしょう。

ここまで生きて入り込めるとはとは到底思えない魔術師の姿に、魔狼も王子様
も不審げに魔術師を見やりました。
それに対して、魔術師は恥ずかしげに応えました。

「や、あの、これでも僕は“雪と湖の国”の魔術師なので。それなりに、魔法は
 使えるんですけど、えへへ。
 今日はですね、魔の森にしかない薬草を採りにきたんです、はい」

王子様と魔狼は驚愕しました。“雪と湖の国”と言えば世界に名だたる魔法
国家、そこで生まれた魔術師はとても高い魔力を有しており、その他の魔術師
とは一線を画しています。“花と森の王国”の宮廷魔術師たちも、その半数以上が
“雪と湖の国”出身なのでした。

「それはそれは・・・・・・人は見かけによらないという言葉をアルフと共に
 体現していますね」

「しつけぇぞお前。さりげに俺をいれんな」

感慨深げに魔術師を眺める王子様に、魔術師は勢い込んで訊ねました。

「そ、そんなことより、あなたこそどうして魔族と一緒に?見たところ、とても高貴な
 血筋のようにお見受けしますが・・・・・」

「そりゃ「それはもちろん、私とこのアルフが深い絆で結ばれているからに違いありません。
 ですから、私がこの森で暮らしていることは、決して、他言無用でお願い致しますよ。ね?」

魔狼の言葉をさえぎって、王子様はすべらかに返答すると、複雑そうな魔狼を
 気にもとめず、さらに念を押しました。

「私の幸せのためです。お願い、魔術師さん」

懇願する王子様に心打たれたのか、慌しく対岸から駆け寄ってきた魔術師は
王子様の両手を握り締めると、苦しげな顔でつづけました。

「それがあなたの望みなら・・・。
 けれど、この魔の森はあなたが思うよりずっと危険な所なんです。こんなところに
 あなた一人を置いていけません!」

「俺の存在忘れてるだろお前」

「・・・そのお気持ちだけで十分です。どうか私と出会ったことはお忘れ下さい」

そう言って微笑んだ王子様は、そっと魔術師の手をはずしました。そんな王子様を、
魔狼は信じられないものを見るかのように凝視します。

言葉も無く王子様を見つめる魔術師は、名残惜しげに離された手の平へと視線
を落とすと、さっと顔を上げて訊ねました。

「私は<灰>の魔術師、ハーシェル・モーガンです。
 あなたのお名前を教えては頂けませんか・・・・!」

<灰>の魔術師と言えば、“雪と湖の国”で魔法階級第三位を表す色です。
その数は十名にも満たない程で、王子様たちが思っていた以上にこの魔術師
は優秀なようでした。

「・・・・・決して他言はしないと誓って下さるなら」

「私の杖とあなたに誓って」

真摯な魔術師の態度に、王子様はため息をついて応えました。

「私の名はシャート、です」

「シャート・・・・・。<幸福>とは、なんてあなたに相応しい名なんだろう」

「・・・・・・・・・・・それはどうも」

感動したように王子様の名を口中で繰り返す魔術師に、完全にその存在を忘れ
去られていた魔狼は呟きました。

「いけ好かねー野郎だが、シャートをたじろがせるたぁなかなか」

「黙りなさい。
 ―――ハーシェル、もう日が落ちます。夜が来る前に森を出たほうがよろしいかと」

王子様のその言葉に、魔術師は名残惜しげに訊ねました。

「そうですね・・・・・。・・・でも、あの、また会いに来てもかまいませんか?」

一瞬沈黙した王子様でしたが、

「ええ、もちろんです。そのときはお茶でもごちそうしますね」


そう言うと、何度も何度も王子様を振り返りながら去っていく魔術師を
見送ったのでした。











「―――まさかこんな所にまで人間が入ってくるなんて。とんだ油断を」

「お前、それ完ペキ人間の言うセリフじゃねーぞ」